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          <dc:title>家とライフコースの歴史社会学 -近世東北農村の歴史人口学的分析-</dc:title>
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            <jpcoar:creatorName>平井, 晶子</jpcoar:creatorName>
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          <datacite:description descriptionType="Other">庶民（農民）において「家」らしい家が一般化したのはいつか、それはなぜか。これが本研究の課題である。この問いは、家研究のなかで議論され、近世後半であるとの仮説が出されているが、定説となるには至っていない。そこで、欧米において家族研究を飛躍的に発展させてきた家族史研究と歴史人口学との融合を手がかりに、家と、家に生きる個人をともに分析するという新しい枠組み -家研究とライフコース研究の融合- を試み、歴史人口学という方法を用いて、ミクロな視点から東北農村の実態を分析してきた。1720年（享保5）から1870年（明治3）までの151年のうちの146年分、96.9％という残存率を誇る陸奥国安達郡仁井田村の人別改帳を史料として、そこに現れた家および個人を観察した。　その結果、(1)永続性、単独相続、家産の維持という特質を備えた直系家族的構造を持つ家、すなわち「家」らしい家は18世紀末から19世紀初頭に確立したこと、(2)「家」の確立は、家のみが変質したのではなく、多様なライフコースから均質なライフコースへと個人のライフコースが変容した結果でもあることが明らかになった。　そして、1780年頃から始まる家およびライフコースの変化の背景には、1750年代からの急激な人口減少、それによる村の荒廃があった。この事実と、家およびライフコースの変化の実態を理解することから、なぜ「家」が確立しなければならなかったのかという、冒頭の課題に対して、ひとつの仮説に辿り着くことができた。すなわち、「家」が確立したのは、飢饉の続発・人口減少・村の荒廃という危機に直面した人々が生き残っていくための「生存戦略」である、という仮説である。東北農村では18世紀後半になるまで、「家」らしい家は一般化していなかったが、18世紀後半に未曾有の危機に直面したことから、その危機に村をあげて対応し、家が安定するための施策が採られた結果、「家」が確立したと考えられる。　さらに、19世紀中旬以降の人口増加の背景には、「家」の確立が不可欠であったと考えられる。出生率が低い、いいかえると子供を育てることが困難だと考えられる下層の家を解消し、中層以上の家を増加させたのが、「家」の確立であることを考えると、「家」の確立が堕胎や間引きを減少させ、出生率上昇への基盤を作ったと考えられる。　本研究は、東北地方の一農村についての分析であり、そこから導き出した仮説であるが、東北地方はライフコースパターンにおいても、また人口変動パターンにおいても同質性が認められるというこれまでの研究結果と総合すると、ここでの分析結果を東北型の家変動パターンと位置づけることには妥当性があると認められる。　本研究では、東北農村で見られた家の変動パターンを「遅れた近畿型」ではなく、東北型と捉えた。このことは、従来の家についての単線的発展図式に再考を促すことになる。　これまでの家研究における変動論では、「家」的特質は公家社会で誕生し、やがて武家社会に広がり、それが上層農民（名手層）へ、さらに経済的・文化的な先進地域である近畿地方の農民に一般化し、その後、後進地域の農村へ拡散したという、単線的発展図式で理解されてきた。すなわち、「家」は上から下へ、中央から周辺へ広がったと了解されてきた。　しかし、本研究が示した東北型の「家」確立メカニズムは、近畿のそれとは明らかに異なる。東北型と近畿型では、土地に対して村の人口を適正に維持するという点では同じであるが、人口減少を補うために「家」を求めたのが東北であり、増加する人口のなかで生活を維持するために「家」を求めたのが近畿であり、両者のプロセスは全く逆だからである。　両地域における家の変動パターンの違いは、人口変動が異なる軌跡を辿っていることとも密接に関係しているおり、「家」確立のメカニズムと人口変動を合わせて考えると、少なくとも２類型に分けられる。ひとつは、17世紀から19世紀の人口が増加-停滞-増加と変化した中央日本における近畿型であり、そこでは限られた土地のなかで生きていくために18世紀初頭の新田開発終了時に「家」が確立したと考えられる。もうひとつは、これまでに見てきた東北型である。　さらに、18世紀末から19世紀初頭にかけて確立した「家」は、19世紀にはじまる人口増加とも密接な関係にあると考えられる。人口を増加させた直接的な要因は間引きや堕胎を否定的に捉える心性が広がったことや、その心性を実現するための基盤となる「家」の確立がそれを可能にしたと考えられる。「家」が確立後に出生率は上昇したのであり、「家」の確立は出生率の低い下層の家を解消し、中層以上の家も没落する危機から解放したからである。そして、「家」は危機への対応として始まったこと、それに成功した結果、念願通り人口を増加させることができたこと、この人口増加が近代への「離陸」であったことを考えると、「家」の確立が人口学的「近代」を準備したことになる。さらに、人口の増減は、社会をあらゆるレベルで突き動かすマグマのような存在であることを考えると、人口学的な「近代」を生み出すことは、近代そのものを生み出す基盤となったと考えられる。近代への「人口学的離陸」が東北地方で顕著であること、東北型の「家」の確立が「離陸」のためにエンジンとなったことを考えると、従来遅れていると考えられてきた東北地方においてこそ、近代が胎動がはじめたといえるのではないだろうか。もちろん人口学的変化のみで近代への変化を読み解くことはできないが、東北型の「家」が確立したことも近代化へのひとつの動きであるというのが、本研究におけるもうひとつの仮説である。　本研究は、東北農村を対象に、家と個人というふたつの側面からアプローチし、その実態解明を行うことで、東北型の家から「家」へという変化、さらには「家」から近代へという大きな社会変動についての仮説を得た。また、近畿型と東北型という「家」確立メカニズムについての類型モデルを示すことができた。</datacite:description>
          <datacite:description descriptionType="Other">総研大甲第567号</datacite:description>
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