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          <dc:title>炭素14年代測定に基づく関東地方縄紋中期文化の研究</dc:title>
          <dc:creator>小林, 謙一</dc:creator>
          <dc:creator>コバヤシ, ケンイチ</dc:creator>
          <dc:creator>KOBAYASHI, Ken'ichi</dc:creator>
          <dc:description>総合研究大学院大学</dc:description>
          <dc:description>博士（文学）</dc:description>
          <dc:description>考古学において、文献資料がない縄紋時代では、土器のスタイルの変化に基づいて、土器編年を設定し、その順序で相対的な時間の尺度が定めてきた。この土器編年に対して年代を数値として与えれば、より具体的な歴史的復元が可能となる。さらに、これまで想像の域を出なかった、それぞれの土器形式の継続期間など、考古学的問題についても検討可能となる。　1990年代以降、AMS法による高精度の炭素年代測定法と、その結果の炭素年代を年輪年代と対比させて実年代に換算する暦年較正の手法が、急速に発展してきた。しかしながら、日本考古学では、その成果を用いることは少なかった。　私は、縄紋時代中期の実年代を求め、各土器形式の継続期間を明らかにする研究を行った。東日本縄紋時代の土器に付着しているお焦げ上の炭化物や土器に付着していた漆、竪穴住居の炉や柱穴出土の炭化物、火災住居の単価財などの史料を2003年8月現在で約1,300点以上を採取し、300点以上の測定を行った。炭素14濃度の測定値から、較正曲線を使って、暦年代を計算した。　このうち、縄紋中期に係わる前期末から後期初頭の測定例約150点に限って、土器編年との関係を検討し、極めて整合的な結果を得るとともに、土器の型式的な細分を進めることで、暦年較正年代もさらに精緻に検討できることを示した。たとえば、土器型式を従来は10型式ほどに分けて検討しており、それでは炭素年代測定結果を当てはめても、功績曲線との関係が不明瞭で、ばらつくように見える結果も、30数時期に細別して並べると、暦年較正曲線に対応して結果が配列していることを示し、較正年代と土器の変化が整合的であることを示した。また、加曽利E3式期の大橋遺跡や勝坂3式期のSFC遺跡など、特定時期で20数例の測定を集中的に測定し、縄紋集落の細かな変遷を、実年代で分析した。　その結果、縄紋時代中期の細かな土器型式ごとの暦年代比定が可能となった。関東地方・東北地方の縄門前期末葉と中期初頭の境は、紀元前(cal BC）3550～3500年頃、同様に中期末葉と後期初頭の境は、紀元前(cal BC）2500～2450年頃と判明し、地域による年代差がほとんどないことを確認した。　従来、関東地方の縄紋中期は、おおむね10の大別型式の時期に区別されていた。私は、孝工学的検討から、さらに細かく編年し中期全体を31期の細別時期に区分した。年代測定を適応する以前は、大別型式では、1型式が100年程度、細別時期区分では、1時期30数年ごとに、ほぼ等間隔に各土器型式が継続と想定していた。しかし、今回の研究の結果、細別時期ごとに暦年代を推定していくと、20年程度と明らかに短い期間の時期と、90年近くは存続が想定される長く継続する時期とが認められた。おおまかにいって、中期前半は土器の文様が早く変化し、中期中頃～後葉は、土器の変化が緩やかで1時間が長年にわたることが判明した。土器型式でまとめてみても、細線紋の五領ケ台1式期(30年間）、沈線紋の五領ケ台2式期(60年間）、角押紋の狢沢式(60年間）、三角押紋の新道式期(40年間）、キャタピラ紋の勝坂2式期(200年間）、立体装飾の勝坂3式期(180年間）、頸部紋様態を持つ加曽利El式(90年間）、胴部柱状区画の加曽利E2式(100年間）、磨消区画の加曽利E3式（190年間）、口縁部紋様帯を喪失する加曽利E4式(100年間）と推測され、やはり中期中葉と後葉とに、比較的長期にわたる土器型式の継続が想定される結果となった。　縄紋中期の研究では、土器編年と暦年較正年代との対比のみならず、直接に遺跡出土試料についても年代測定も行った。重複住居出土の炉体土器や駐在などの可能性がある炭化材、炉内出土炭化物を測定し、集落の継続期間・断続期間や、住居の改築期間を調べ、1軒の住居の寿命が平均13年であることを示した。また，小規模集落間における数十年間の短期的な居住機関と集落移動の年数や、大規模集落における比較的長期の居住期間が、実例で持って示された。たとえば、従来の考古学的見解では、連続と考えられた居住に、数十年間の断続がある例を実年代から示した。　以上のように、土器型式の実年代や、集落での同時存在住居の年代測定などの検討例を蓄積することによって、実年代によって縄紋文化を語ることが可能となり、文化要素の伝播にかかる時間や、集落数の増加にかかる時間など、具体的な縄紋時代像を展望することを示した。たとえば、関東地方の土器や炉形式の伝播が数十年間で数百キロに広がる事例や、武蔵野台地での人口増加率を提示することを展望として行った。今後、列島全体での広域の年代交差を試みていきたい。　このように考古学的成果と自然科学的分析を、有効に組み合わせることで、単なる年代付け以上の成果を挙げた。土器付着物の炭素年代を100サンプル以上行って土器編年と合わせた試みは、日本考古学はもとより、世界的に見ても画期的であると自負する。土器や集落の継続期間など先史考古学的の時間を実年代で論じたことは、考古学にとって新たな展開を示したといえるだろう。</dc:description>
          <dc:description>総研大甲第736号</dc:description>
          <dc:description>thesis</dc:description>
          <dc:date>2004-03-24</dc:date>
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