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によっていくつかの遺伝子では父母由来の対立遺伝子のどちらか一方のみが親由来に依存
して発現する。このような遺伝子はインプリント遺伝子と呼ばれ、胎児の発生や胎盤形成、
母性行動など様々な生命現象に関与している。
 DNAシトシン塩基のメチル化は、遺伝子発現制御やゲノムの安定性に重要な役割を果た
している。DNAメチル化を担う酵素(Dnmt)としては、既にメチル化されているDNAの
複製時に新たに合成されるDNA配列のメチル化を担う維持メチル化酵素であるDnmtlと、
メチル化されていないDNA配列の新規メチル化を担うDnmt3aやDnmt3bの2種類が知ら
れている。インプリント遺伝子の発現はdifferentially methylated region(DMR)と呼ばれる対
立遺伝子間でDNAメチル化状態に差がある領域によって制御されることが知られている。
これまでに、Dnmt1ノックアウトマウスにおけるDMRのメチル化解析やインプリント遺
伝子の発現解析の結果等からDNAメチル化がゲノムインプリンティングの分子的実体で
あると考えられている。
 DMRの対立遺伝子特異的なDNAメチル化は親の配偶子形成過程で確立し、受精後、体
細胞では発生過程を通じて安定に維持される。一方、始原生殖細胞ではDMRのメチル化
は脱メチル化によっていったん消去され、その個体の性に応じて配偶子形成過程で再び確
立される。これまでの研究から、雌の生殖細胞でのDMRのメチル化は出生後の第一次卵
母細胞で確立されることが知られている。また、Dnmt3関連遺伝子であるDnmt3Lが雌の
生殖細胞におけるDMRのメチル化に必須であることが示されており、さらに生殖細胞特
異的Dnmt3a,Dnmt3bノックアウトマウスの解析から、Dnmt3aが雌の生殖細胞でのDMR
のメチル化に必須であることが報告されている。それに対し、雄の生殖細胞でのDMRの
メチル化は胎生期の前精原細胞で始まることが知られているが、その詳細な時期について
の解析結果は複数のグループからの報告が一致しておらず、関与するDNAメチル化酵素
遺伝子も未だに明らかになっていなかった。
 本論文では、マウス雄生殖細胞におけるDMRのメチル化確立機構を解明することを目
的として、以下の研究を行った。1)野生型雄マウスの各発生段階での生殖細胞における
全てのDMRのメチル化確立過程を詳細に解析した。この実験では、メチル化解析を行う
にあたり、父母由来の対立遺伝子を区別するため057BL/6雌とJF1雄を交配させて得られ
たFl個体を用いた。2)生殖細胞特異的なDnmt3a,Dnmt3bおよびDnmt3Lノックアウト
マウスを用いて、どのDNAメチル化酵素遺伝子が雄生殖細胞でのDMRのメチル化に関わ
るか解析した。
 これらの研究から以下の結果が得られた。1)Flマウスの胎児期と出生直後の前精原細
胞におけるメチル化解析により、雄の生殖細胞における全てのDMRのメチル化は出生時
までに確立することが明らかとなった。また精子形成過程の雄の生殖細胞を用いたDMR
のメチル化解析の結果、gonocyteで確立したDMRのメチル化は精子形成過程において安
定に維持されることがわかった。このことは、これまで特定のDMRの結果でのみ言及さ
れてきた雄の生殖細胞におけるDMRのメチル化確立時期について総合的な結果に基づい
て結論を下したものである。2)生殖細胞特異的なDnmt3a,Dnmt3bとDnmt3L変異体を
用いたDMRのメチル化解析により、DMRのメチル化にはDnmt3aとDnmt3Lが主要な役
割を果たすことが明らかとなった。しかし、これらDnmt変異体でのDMRのメチル化レ
ベルはDMR間で異なっており、一部のDMRではDnmt3bの関与が示された。このことか
らDnmt3aとDnmt3Lで説明されている雌生殖細胞でのDMRのメチル化機構とは異なり、
雄の生殖細胞におけるDMRのメチル化には複数のDNAメチル化酵素遺伝子が関与するこ
とが示された。
 以上の研究結果は、これまで詳細が不明であった雄の生殖細胞におけるDNAメチル化
の時期を総合的な見地から明らかにし、また、雌の生殖細胞と異なり複数のDNAメチル
化酵素の関与を示した点で高い学術的価値を持っている。今後の雄生殖細胞におけるゲノ
ムインプリンティング研究にとって重要な基盤情報を提示したものである。
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