@misc{oai:ir.soken.ac.jp:00001113, author = {軍司, 敦子 and グンジ, アツコ and GUNJI, Atsuko}, month = {2016-02-17, 2016-02-17}, note = {背景 
 これまで,発声前後の脳活動には呼吸や喉頭を制御する運動や,発声後の自己の声による聴覚反応が含まれると考えられているが,ヒトにおけるそれらの時間的空間的な解析はいまだ充分には行われていない。脳活動解析には時間解像度に優れた手法として脳波(electroencephalography:EEG)および脳磁図(magnetoencephalography:MEG)があり,とりわけMEGは頭皮上から記録された磁場変化により,空間情報として高い精度で脳内の電流源を推定することが可能である。本研究では,母音の単純な発声による発声関連脳磁場(vocalization related cortical field:VRCF)を通常および自分の声が聞こえない状態とで記録した。発声は複雑な活動であり,脳内の多数の領域が時間的に重畳しながら活動していると考えられる。そのため,複数双極子モデル(brain electrical source analysis:BESA)を用いて活動源を推定した。これは,脳内の近接した領域における活動を1つの双極子(dipole)と仮定しており,ヒトの一連の行動は多数の双極子が時間的に重畳して活動することによって成立するという理論に基づいたシミュレーションモデルである。また,2つの条件差からVRCFを構成する運動成分と聴覚反応成分を分離し,それらの時間的関係を検討した。

方法
 右利き健常成人10名を被験対象に,およそ5秒間隔で自らタイミングをとりながら母音の/u/の音を繰り返し発声する課題を行った。発声実験の条件として,(1)通常の発声条件であるcontrol条件および(2)両耳へ75dBSPL以上のnoiseを連続的にきかせ(AA-71audiometer,RION),自分の声が聞こえない状態で発声するmasking条件を設定した。また比較を目的とした聴覚実験として,録音された被験者自身の音声(発声実験と同じ母音/u/)を65dBSPLで両耳へ150回呈示し,聴覚誘発脳磁場(auditory evoked magnetic fields:AEF)を記録した。
 MEGは37チャンネルの脳磁計(Magnes,BTi)2基を用い,左右の大脳半球より記録した。計測データは0.1-100Hzのbandpass filterを通し,サンプリング周波数1024HzでA/D変換された。発声実験では,マイクから記録された音声波形の立ち上がり時点を発声開始の基準点(トリガ)として-1400msから+400msまでを,聴覚実験では音声が呈示された時点をトリガとして-100msから+400msまでの時間帯域を加算平均した。

結果
 発声開始前から出現し,発声開始後およそ90msで頂点を示すVRCFが記録された。control条件のVRCFについて,成分の認められた-150~+150msの区間をBESAを用いて双極子の発生源推定をしたところ,6双極子モデル(両側運動野の発声関連部位:口,舌,喉頭周囲,体幹,および両側聴覚野)が最も良好な結果を示した。双極子の各発生源における電気活動を経時的に推定したところ,両側運動野においては発声開始前から徐々にその活動が出現し,発声開始直後に減衰した。両側聴覚野では発声開始直後にその活動が増大し,発声開始後90ms付近で頂点に至った。
 また,masking条件における発声開始後のVRCF振幅はcontrolよりも有意に大きかった(p<0.05)。controlとmasking条件の差分波形では,発声前には有意な成分は認められなかったが,発声開始後およそ85msに頂点を示す成分(1M)が認められた。1M成分の発生源を単一等価電流双極子(equivalent current dipole:ECD)モデルで推定した結果,聴覚実験において約+95msに得られたM100成分と同じ聴覚野の近接した領域に推定された。いずれも半球間に有意差は認められなかったが,左半球において1M成分がM100成分よりも約1cm中心寄りに解析された(p<0.05)。

考察
 Penfield et al.(1937)の電気刺激の実験から,両側の前頭葉後部下位を刺激すると発声や発声に関わる筋の収縮が起こることが認められている。また,ヒトが発声しているときに記録されたPET(positron emission tomography)やfMRI (functional magnetic resonance imaging)の報告では,両側運動野の広い範囲や聴覚野付近で活動が認められており(McGuire et al., 1996; Price et al., 1996; Wildgruber et al., 1996; Hirano et al., 1997),本研究においてBESAを用いて解析された脳活動の領域はこれらの報告を支持するものである。更に,各々の賦活領域における活動を経時的に推定したところ,両側運動野の発声関連部位(口,舌,喉頭周囲の筋,体幹筋)の活動が,発声前から発声中にかけて認められた。両側聴覚野における活動は,発声時の運動成分に時間的に重畳しており,その増大は発声開始後にのみ認められ,自分の声に対する聴覚野の反応を示していると考えられた。発声時には呼気に乗じて音声が繰り出されるため,発声には構音に関わる口,舌,喉頭周囲の活動のみならず,発声の状態や内容によっては呼吸に関わる体幹部の活動も重要に関わりあうと考えられる。これまで,発声の一要素である喉頭や顔面筋に関わる非侵襲的な研究はいくつかみられたものの,発声時の呼吸制御を反映した脳活動について追求した報告はなく,本研究にてはじめて明らかにされた。
 また,発声前のcontrolとmasking条件間に違いが認められなかったことから,単純な発声での準備過程ではmaskingの影響は小さいと思われた。controlとmasking条件の差分波形において発声開始後に認められた1Mは,自分の声に対する反応と考えられ,聴覚実験で得られたM100と基本的に同様の成分であると推察された。左半球において,1M成分の発生源がM100成分より内側に位置したことは,発した声と外界から呈示された声との周波数特性の相違を反映した可能性もある。しかし,Naka et al.(1999)は,250Hzと4000Hzの純音に対する発生源の深さの差は約0.5cmであったと報告している。本研究における2つの声の周波数差はこれよりも小さいにも関わらず,発生源の深さの差が大きいことから,周波数特性以外の影響が考えられた。

まとめ
 母音を繰り返すだけの単純な発声に対するVRCFの記録により,発声開始前から出現する運動野の活動と,発声開始後の聴覚野の活動とを分離することができた。本研究のような単純な発声時の運動と聴覚反応との関係を明らかにすることは,文章の音読や単語想起による発声など,より高度で複雑な解釈が必要とされる現象を解明するための重要な基本的要素となると思われる。
 また,発声中の自己の声に対する聴覚野の反応をVRCFから抽出することに成功した。発声時には,生成しようとした音声と実際に発した音声とを比較するための聴覚フィードバックのプロセスが関与し,単純に外界からの音刺激を聴取する場合とは異なる過程が存在することが考えられる。それは,外界の音を聴取するときに活動する皮質領域とは異なる可能性もある。そのため,録音された被験者自身の音声を聞かせ,AEFも記録して比較した。すると,差分波形から推定された活動部位とAEFの活動部位は有意に異なっていた。masking条件で記録された皮質活動に対して聴覚フィードバックの欠落が影響を及ぼしており,そのため差分波形から推定された自己の声に対する反応が単純な聴覚反応とは異なる結果を示したのかもしれない。今後,自己の声に対する聴覚フィードバックのプロセスを解明していくことは,構音障害の病態や,聴覚障害児や健常児の言語習得の過程等を更に明らかにしていくために,有効な情報になると思われる。, application/pdf, 総研大甲第541号}, title = {Vocalization-associated magnetic fields in humans}, year = {} }