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稲作地における基本的な生計維持システムとして水田漁撈が位置づけられる。水田漁撈を論じるとき、その舞台となるのが水田用水系である。従来、内水面漁撈の場は、湖沼と河川に分類されてきたが、第3の水界として水田用水系は重要である。水田用水系とは、水田・溜池・用水路といった稲作のために作られた人工的水界を指し、その特徴は稲作活動によリー年をサイクルとして水流・水量・水温などの水環境が多様に変化することにある。
水田漁撈とは、水田用水系を舞台にして、稲作の諸活動によって引き起こされる水流・水温・水量などの水環境の変化を巧みに利用して行う漁撈法である。漁の対象は、水田に高度に適応した生活様式を持つドジョウやフナなどの水田魚類である。水田漁撈は、漁獲原理の上で、受動的で小規模な漁撈技術を多用する水田用水期(4~9月)と能動的で比較的大規模な漁撈が行われる水田乾燥期(10~3月)の2期に分けられる。水田漁撈の民俗的・歴史的な意義として、以下の4点を指摘することができる。
(1) 自給的生計活動(動物性タンパク質獲得技術)としての重要性
水田漁撈の漁期は大きく水田用水期と水田乾燥期とに分けられるが、それぞれ漁獲原理を使い分けることにより、水田用水系から得た魚を食料として年間に平均化することが可能になった。水田からもたらされる米と魚介類との組み合わせは、稲作民の食生活における栄養バランスの問題をかなりの部分解決することができる。
(2) 金銭収入源としての重要性
水田漁撈の意義が個人または家の自給的生計活動から村社会(水利社会)全体のものへと拡大していったときにみられる現象である。その場合、水田漁撈の場は、個人の所有となる水田ではなく、村や水利組織で共有する溜池や用水路であることが多い。また、水田養魚(とくに養鯉)への展開も金銭収入源としての意義に特化したときに起こる現象である。多くの場合、そうして得た金銭は水利施設などの管理維持費および親陸費に充てられる。
(3) 水田漁撈が生み出す社会統合
水田用水系のうち溜池や用水路では秋になると村仕事として水利作業が行われるが、それに付随して村人(用水を共有する人びと)共同の漁が行われることがある。ときには共同漁が儀礼化され村祭の一環として行われることもある。この場合、水田漁撈は、水を共有する人々が一年に一度、稲作社会(水利社会)における連帯の必要性を確認する機会として機能していたということができる。とくに、水田漁撈が社会統合と結び付く傾向は、水利が高度に発達した稲作地つまり水利において高度な共同性が要求される稲作地ほど高い。
(4) 水田漁撈の娯楽性
現代に至り、水田漁撈は総体的に自給的生計活動としての意義を低下させていったが、そうした中にあっても伝承として豊富に残されている現状は、人々が単調な農耕生活においてある種の娯楽性を水田漁撈に見いだしていたからだと考えられる。(3)のように、水田漁撈にみる娯楽性は、稲作社会の紐帯を強化することにもつながっていたといえる。
こうした水田漁撈は、生計維持の視点に立ってみると、日本の生業史(とくに稲作展開
史)に与えた影響は大きなものがあったと考えられる。昭和初期までの日本における稲作史についていえば、その基本は拡大展開にあった。昭和初期には、水田率が90パーセントを超えるような極端に稲作に特化した地域が各地に形成された。そうしたとき、日本人をして稲作の拡大へと向かわせた原動力のひとつに水田漁撈があったと考える。
水制御に代表される稲作の技術水準が上がり、その結果として稲作への特化が進んでいくと、必然的に稲作活動は時間・空間・労力のすベての面で人々の生活を規定する割合を高め、稲作労働への集中化を生み出すことになる。稲作に適した条件を備えたところでは、自然環境は稲作により改変され、ことに水界は水田用水系へと整備されていく。また、稲作活動とは別に行われていた漁撈活動は労力的・時間的にその余裕が失われていく。つまり生業全体に占める稲作の重要性が他生業に比べて突出して大きくなった結果として、稲作活動に忙しくて他の生業活動は行うことができなくなってしまう。
そうしたとき、稲作民が生計を維持するためにとった戦略が、稲作による他生業の内部化(稲作論理化)である。稲作への内部化は、漁撈であれば水田漁撈や水田養魚といったかたちで行われる。つまり水田を稲作の場として選択したことが稲作に漁撈など他生業内部化の潜在力を与えたとえる。そうした水田の潜在力があるからこそ、日本において稲作がこれほどまでに文化的・経済的に大きな影響力を持つほどに特化できたと考えられる
水田漁撈に代表される稲作による他生業内部化の知恵は、商品経済・貨幣経済の進展といった歴史の大きな流れの中にあっても、比較的遅くまで日本の稲作農家が食料の自給性を維持することができた要因として指摘できる。また、稲作に内部化された他生業の存在は、自給性を維持しながら稲作に特化するという、いわば矛盾した生計維持のあり方を可能ならしめた最大の要因であるといえる。
そして、水田と漁撈との関係は決して日本にとどまらず水田稲作圏すべてにかかわる問題である。また歴史的に見てもこの問題はかなり遡って考えてみる必要がある。本論で結論として上げたことはかなり時間を遡っても当てはまると考える。さらに言えば、日本における稲作の受容の時期にまで遡って考察してみる必要があると考えている。それには民俗学のみならず、考古学や文献史学、また生態学など自然科学との協業による学際的・統合的な研究の必要性がある。
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