@misc{oai:ir.soken.ac.jp:00001379, author = {田中, 暢明 and タナカ, ノブアキ and TANAKA, Nobuaki}, month = {2016-02-17}, note = {匂いは揮発性化合物の混合物である。動物は昆虫では触角、脊椎動物では嗅上皮にある嗅細胞で、周辺空気中に含まれる揮発性物質を検知し、その情報を脳に伝えてどの種類の物質がどのように混合しているかを計算することで、さまざまな匂い物質の混合物を単一の匂いとして認識する。近年、嗅細胞は発現する嗅覚受容体遺伝子の種類に応じて、嗅覚系1次中枢内の数十から数千ある糸球体から、1ないし2個に選択的に投射することが、昆虫と脊椎動物で示された。言い換えると、1次中枢内には嗅覚受容体遺伝子に対応した、匂い地図が形成されていることになる。しかし、1次中枢の匂い地図構造の活動パターンを脳の上位中枢がどのように読みとり、匂いを割り出すのかはまだ完全には明らかにされていない。
 そこで本研究では、1次嗅覚中枢の情報が次のレベルの情報処理領域である2次嗅覚中枢にどのように伝わるのか、その神経回路を明らかにすることを試みた。そのためにショウジョウバエのGAL4エンハンサートラップ系統を用いて、昆虫の嗅覚系1次中枢にあたる触角葉から、2次中枢にあたるキノコ体と側角、さらにその他の従来未同定だった2次中枢に投射する神経細胞を標識し、それらの細胞が作る神経回路構造を解剖学的に明らかにした。
 まず、1次中枢の触角葉に樹秋分技をもち、そこから上位中枢へ投射する経路として、既知の4経路に加えて新たに2経路を発見した。この結果、従来知られていたキノコ体と側角以外に、前大脳の後側部、中央上部、上側部などの脳領域が1次中枢からの嗅覚情報を直接受け取ることが明らかになった。
 ゴルジ染色法などをもちいた従来の研究では、既知の4経路は同定はされていたものの、異なる経路の間で個々の神経の投射様式にどのような違いがあるかなどは調べられていなかった。そこで、同定された6経路のうち、キノコ体に投射する3経路と、側角に投射する4経路について、それぞれの2次中枢内部で投射神経の軸索終末がどのように分布するかを調べた。
 その結果、異なる経路を通ってキノコ体や側角に投射する神経は、2次中枢内部でそれぞれ異なる領域に分布するわけではなく、大きな重なりを持っていた。また、1次中枢からの投射神経には、単一の糸球体に樹状分技を伸ばして情報を集める単一糸球体型と、多数の糸球体に樹状分枝を伸ばして情報を集める多糸球体型があるが、それぞれの経路にある単一糸球体型と多糸球体型の神経の終末は、2次中枢内においては完全には分離しないものの、非常に異なる分布パターンを示した。以上のように、1次中枢からいったん異なる経路に伝えられた刺激情報は2次中枢内の同じ領域に再び収斂するが、同じ経路に伝えられた単一糸球体型と多糸球体型投射神経の刺激情報は、収斂せずに2次中枢内の異なる領域に伝えられているという原則が判明した。
 また、キノコ体の中に「単一糸球体型投射を受ける部分」と「多糸球体型投射を受ける部分」が別れて存在するのに対し、側角では異なる経路で伝えられた単一糸球体型と多糸球体型の投射神経の終末はそれぞれ合計すると側角全体をカバーしていた。従って側角ではキノコ体と異なり、「単一糸球体型投射を受ける部分」と「多糸球体型投射を受ける部分」が、側角全体に重複して存在していた。
 単一糸球体型投射神経は個々の糸球体の活動パターンを特異的に2次中枢に伝えることができる唯一の情報経路である。そこで、個々の糸球体の情報が2次中枢のどこへ伝えられるのかを知るため、投射神経の中の過半を占め、キノコ体と側角の2つの主要2次中枢の両方に投射する投射神経(innter antenno-cerebral tract、iACT投射神経)に関して、2次中枢間における投射様式の相違を調べた。
 触角葉に存在する43個の糸球体のうち9個について詳しく調べたところ、これらは側角では、上部後方、下部前方、下部後方の3つの領域に収斂して投射する3つのグループに分類できることが分かった。同様にキノコ体では、中央部、中間部、辺縁部の同心円状の3層の領域に収斂して投射していた。側角の同じ領域に収斂投射する糸球体は、キノコ体でも同じ領域に収斂投射する。従って、投射神経の投射様式には2つの主要2次中枢の間に強い相関があり、糸球体ごとの軸索終末の分配は共通であった。そして1次中枢の糸球体は、iACT投射神経が側角とキノコ体のどの領域に投射するかによって、少なくとも3つのグループに分けられることが明らかになった。
 このように2次中枢では、異なる糸球体グループの活動情報が2次中枢内の異なる領域に分離して伝えられている。そこで次に、この情報を2次中枢側の神経がどのように受け取るかを調べた。そのために、2次中枢のキノコ体神経細胞と側角神経細胞が、同定された3つの領域に対してどのように神経線維を伸ばしているかを解析した。
 側角神経細胞は従来ほとんど調べられていなかったので、今回GML4エンハンサートラップ系統のスクリーニングによって、始めてその投射形態を明らかにした。その結果、側角神経は、1次中枢からの投射神経が規定する側角内の各領域に限局した投射が観察された。そして、側角内の異なる領域に投射する側角神経細胞は、それぞれ異なる脳内領域と側角とを連絡していた。つまり1次中枢の異なる糸球体グループから2次中枢の異なる領域に送られてきた嗅覚情報は、混合されずに分離したまま脳の別の領域へ送られて処理されるという可能性が強く示唆された。
 一方キノコ体神経細胞には、キノコ体の異なる出力部位に投射する4つのグループが分類可能であるが、それぞれが1次中枢からの投射神経が規定する3つの同心円状の領域をまたがって、全体に投射していた。単一神経細胞レベルで解析しても、l領域に限局した投射をする細胞から、3領域に投射する細胞までが入り混じっていた。これらの多様な細胞集団が、同じ出力領域に軸索終末を収斂して形成している。すなわちキノコ体では、1次中枢の異なる糸球体グループから2次中枢の異なる領域に送られてきた嗅覚情報が、混合されて再び収斂するような回路構造があることが明らかになった。
 キノコ体は嗅覚連合学習に必須であるが、学習や経験に依存しない嗅覚刺激応答ではキノコ体は不要であり、側角の機能だけで十分だと分かっている。今回の研究で、側角には領域ごとに限局した回路構造が存在するのに対し、キノコ体には各糸球体由来の刺激情報を統合しうる回路構造があるという大きな違いがあることが分かった。2つの主要2次中枢が担う機能の違いには、このような情報伝達様式の違いが関係している可能性が示唆された。, 総研大甲第772号}, title = {ショウジョウバエ嗅覚系神経回路の遺伝学的解析}, year = {} }