{"created":"2023-06-20T13:20:07.962839+00:00","id":140,"links":{},"metadata":{"_buckets":{"deposit":"e6922fe1-9e1f-433b-a980-f8557a62ff04"},"_deposit":{"created_by":1,"id":"140","owners":[1],"pid":{"revision_id":0,"type":"depid","value":"140"},"status":"published"},"_oai":{"id":"oai:ir.soken.ac.jp:00000140","sets":["2:426:8"]},"author_link":["0","0","0"],"item_1_creator_2":{"attribute_name":"著者名","attribute_type":"creator","attribute_value_mlt":[{"creatorNames":[{"creatorName":"大内, 英範"}],"nameIdentifiers":[{"nameIdentifier":"0","nameIdentifierScheme":"WEKO"}]}]},"item_1_creator_3":{"attribute_name":"フリガナ","attribute_type":"creator","attribute_value_mlt":[{"creatorNames":[{"creatorName":"オオウチ, 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/>は多くない。さまざまな本文がいまに伝存していることを再確認し、あくまでも本文の書<br />承という点にこだわって、現存諸本の相関関係を少しでも明らかにしてゆくことが必要で<br />あるという点を打ち出し、本稿の基本的な方向性を述べたものである。<br /> 本論文第一部では、そうした鎌倉期写本の調査結果から、大島本の独自異文を支える写<br />本や、逆に大島本が代表する「青表紙本」本文とは異なる本文をもつ写本など、多様な源<br />氏物語世界があったことを論じた。<br /> さらに、従来の系統論に.おけるもう一つの軸であった「河内本」を代表する写本である、<br />尾州家本についても論じた。その間題点を整理した上で、本文訂正箇所や特異な異同に注<br />目し、「河内本」という系統軸の中での尾州家本の位置づけを根本的に捉えなおす必要性を<br />明らかにした<br /> このように、鎌倉期に多様な本文が存在することは事実だが、どれがより古い本文なの<br />か。大島本を最善本とする根拠たる、池田亀鑑の研究を見直さなければならないとすると、<br />我々はどの本文で源氏物語を読めばよいのか。<br /> そのような問題意識のもと、第二部では、本文訂正を注意深く検討することで、書写態<br />度を推定し、更には親本本文がどの程度推定できるか論じた。特に池田本(天理図書館歳<br />伝二条為明筆本)、高木本(東洋大学歳伝阿仏尼筆本)の二本が、それぞれの親本に極めて<br />忠実な書写であることを証明した。加えて、書承関係の明らかな二つの写本を比較して、<br />親本の本文訂正がどのように書写されるのか、そのバリエーションを検討した。特に注目<br />されたのは、親本のミセケチ傍記の書写の際、訂正後本文を書写した後に、親本でミセケ<br />チにされた文字を小字で傍記するケースである。これは、一見して補入記号のない補入に<br />見えるものである。池田本や高木本に限らないが、補入の際の記号の有無が、何によるも<br />のなのか、これまで明確ではなかった。だが、親本で捨てられた文字を、何らかの理由で<br />残しておきたい場合に、小字で傍記しておくというのは、あり得ることであろう。前章まで<br />に保留とした箇所のいくつかについて、そのように考えることで合理的に解決可能であること<br />を検証し、親本本文を復元する上での一つの方法として、有効性を認めるに至った<br /> 第三部では、第二部での検討結果を踏まえて、池田本帚木巻・高木本の二本が極めて近<br />い段階で共通祖本を持つことを論じ、さらに、池田本青木巻の祖本本文はいわゆる青表紙<br />本と一括される写本群の本文の台座であり、その本文を忠実に伝えるのが池田本であるこ<br />とを証明した。さらに、表記などに注目すると、その本文は定家以前、すなわち平安期ま<br />で遡りうる、平安期本文を伝えるもであることを明らかにした。これは従来考えられてき<br />たいわゆる青表紙本本文生成過程に、再考を促す結論である。<br /> 以上、現代の我々が一般的に接している源氏物語の本文は、十五世紀書写の大島本を主<br />底本としたものであるが、後代の書き入れ注記などを反映したものであるということは、<br />あまり知られてはいない。また、序に述べたように、大島本を最善本と結論した池田亀鑑<br />の系統論は、その矛盾が指摘され、見直しを迫られている。ということは、大島本で読む<br />意味そのものに、再考を迫られているといえる。第一部で論じたように、源氏物語には多<br />様な本文が伝存している。大島本の書写時期よりも以前の、十三世紀つまり鎌倉期書写本<br />で、いまだに調査の及んでいない写本も、まだ多く存在しているのである。そうした写本<br />の調査は、今後も続けていかなくてはならない。<br /> 一方、大島本の本文で読む意味に疑問があるとしたら、多様に存在する本文のうち、我々<br />はどの本文で源氏物語を読めばよいのか。作者による原本の復元などということが現実的<br />ではなく、伝存する本文が多様な場合、その古さというものに価値をおくのは、一つの答<br />えになり得ると考える。もちろん古い本文だから良い本文だとは単純にはいえないのであ<br />るが、たとえば伝存するいくつかの写本の共通祖本が想定できるとして、その共通祖本の<br />本文を現在に伝える写本があった場合、その本文で読むことの意味は認められるであろう。<br /> そのような考えから、第二部、第三部で、池田本(帚木)と高木本という二つの写本に<br />共通祖本が想定可能であること、その共通祖本の本文が、現在「青表紙本」と一括されて<br />いる写本の本文の台座となっていることを論じ、その本文は定家以前すなわち平安期本文<br />である可能性を指摘したのである。<br /> 本論文の結論としては、帚木一巻については、平安期本文を伝える池田本で読むことを<br />主張したい。そして、さらに他の巻についても、本論文で用いた手法によって、現存写本<br />の本文の中から古い本文、平安期本文を伝えるものを見つけ出せるものと考える。<br />","subitem_description_type":"Other"}]},"item_1_description_7":{"attribute_name":"学位記番号","attribute_value_mlt":[{"subitem_description":"総研大甲第1022号","subitem_description_type":"Other"}]},"item_1_select_14":{"attribute_name":"所蔵","attribute_value_mlt":[{"subitem_select_item":"有"}]},"item_1_select_8":{"attribute_name":"研究科","attribute_value_mlt":[{"subitem_select_item":"文化科学研究科"}]},"item_1_select_9":{"attribute_name":"専攻","attribute_value_mlt":[{"subitem_select_item":"06 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