@misc{oai:ir.soken.ac.jp:00001432, author = {田邊, 優貴子 and タナベ, ユキコ and TANABE, Yukiko}, month = {2016-02-17, 2016-02-17}, note = {背景と目的
 昭和基地周辺の宗谷海岸縁辺には、氷床から解放され大陸岩盤が
剥き出しとなった露岩域があり、そこには多様な湖沼が数多く点在
している。これらのうち、淡水湖沼中には、藻類・コケ類を中心と
したマット状の植物群落が湖底一面に広がっている。マット状の藻
類群集は他の南極地域の湖沼においても普遍的に分布し、東南極に
おける陸域生態系の中で最も豊穣な植生として知られている。
 南極の淡水湖沼は一般的に貧栄養、低温であり、年間日射量が少
ないため、低・中緯度域の湖沼に比べ生産性の低い生態系である。
また、日射の季節変動が大きい上、南極湖沼の多くは一年のほとん
どが氷に覆われ、氷の厚さや積雪が水中の光環境に大きく影響する。
湖沼中の藻類にとつては確実に光の得られる夏こそが成長期と考え
られてきた。しかし夏季は地表に到達する光の日長が長く強い上、
湖水中の紫外線吸収物質が低濃度であるために多量の紫外線が湖内
に到達しやすい。従って、これらが藻類の光合成を阻害するという
可能性が近年指摘されてきた。限られた成長期である夏季に、藻類
群集は強光・強紫外線による障害の回避・軽減と、光エネルギーの
利用、という相反する2つの戦略を巧く実現し、死滅せずに成長し
ていると考えられる。一方、観測の困難さから、南極湖沼生態系の
冬季の実態は捉えきれておらず、湖沼環境の詳細な年間の季節変動
性は未知で、その変動特徴と、それが湖沼中の藻類に与えている影
響の実態は不明であった。
 本研究は、1) 周年の連続的な南極湖沼環境の変動特徴を捉える、
2)湖底藻類の光合成特性と保持色素組成の応答を明らかにすること
によって、南極大陸の中で繁栄を成し遂げた藻類の群集としての適
応的戦略を、光生理・生態学的観点から解明を目指した。
結果と考察
宗谷海岸露岩域における3つの貧栄養淡水湖沼(親子池、仏池、
長池)を対象とし、水温・PAR(photosynthetically active radiation)・
chl a ( chlorophyll a )の連続観測記録を解析した。湖水中の光環境
は、地表到達光の大きな季節変動性に加え、湖氷と積雪の有無によ
って大きく変動した。chl a濃度は、3湖沼で共通し、年間で最も光
エネルギーの高い真夏に最低となった。さらに、僅かな入射光によ
って晩秋と早春にchl aは増加を開始し、光の急増によって停止・
急減した。地上の日積算日射量は、本研究地域では真夏である12
月に、中緯度の東京での月平均最大値と比べ、約2倍であり、紫外
域のエネルギーも高く、藻類に障害を与え得るレベルであった。ま
た、湖水は光の透過性が高く、湖底まで強光・強紫外線が到達して
いた。以上から、本研究湖沼において夏季には、藻類は光合成活動
により生存する上で、光防御/制御機構を持つ必要があることが示
唆された。
 次に、相互に近接し、同程度の水深を持つ4つの浅い湖沼(地蔵
池、菩薩池、仏池、扇池)において、水中の光環境と、湖底の藻類
群集の光合成、保持色素類に関する研究を進めた。解氷後の水中の
光スペクトルと湖底藻類群集内部の透過光スペクトルの鉛直的な変
化の測定、PAMクロロフィル蛍光測定装置による光合成特性の鉛直
的な変化の測定、HPLC ( high performance liquid chromatography)に
よる保持色素類の鉛直的な変化の分析を実施した。
 全湖沼の光測定データから、湖氷の消失していた夏には紫外線と
PARが地表の20~70%のレベルで湖底まで到達しており、湖底藻類
群集は強光に曝されていた。この影響のためか、いずれも群集表層
は光合成のPS II (photosystem II) 最大量子収率および電子伝達速
度と効子が低く、強いストレス状態であった。群集表層はオレンジ
に呈色し、紫外線・強光防御物質であるカロテノイド・ scytonemin ・
MAA ( mycosporine‐like amino acid)を高割合で含有していた。これ
らにより紫外域・可視短波長域が吸収され、群集表層下の緑色層は
可視長波長域に富む弱い光環境にあった。
 防御物質を多く含有した表層群集の光合成は、光利用効率の低い
PAR-rETR(relative electron transport rate) 関係を示していたが、強
阻害は見られなかった。緑色層はchl aを多量に含み、相対的に
弱光利用効率が高かったが、強光照射時には阻害が生じ得ることが
明らかになった。また、湖沼間で比較すると、僅かに強いUV-Bと
PAR下に置かれた群集は、紫外線・強光防御物質を高含有率で保持
し堅く密な群集構造をとっており、防御物質が多量なためかrETRmax
(maximum rETR) は低かった。相対的に弱いUV-BやPARに置かれ
ていた群集は構造が柔らかく、前者に比べ防御物質の含有率も僅か
に低く、rETRmaxは比較的高かった。
 さらに、光変動に対する藻類群集の光合成と保持色素類の応答特
性の解明のため、長池にて、湖氷の消失前後の2ヶ月間、 1週間お
きに水中の光スペクトル測定、湖底藻類採取、光合成測定を繰り返
した。
 1月中旬の湖氷消失により、水深約3mに入射する450nmの光は
約6倍に増加した。藻類のPS II 最大量子収率は、湖氷消失に伴う
光の急増によって大幅に低下したが、その後、強光環境が持続した
にも関わらず、2月初旬には回復を見せた。この最大量子収率の変
化と同期するように全カロテノイドの含有率は、湖氷消失直後に2
割程度減少したのち、再び2月には増加し、結氷中と同程度となっ
た。これら全カロテノイドのうち、光防御機能を持つカロテノイド
集が光の変動に伴い保持していたカロテノイド類の主な機能と量を
変化させていたことを示唆する。つまり、(1)結氷期の弱光下での
光捕集、(2)湖氷消失直後の強光下での光捕集の減少、(3)強光環境下
での光防御、である。このようにして藻類群集は、大幅に変動する
夏季の光環境下での生育を可能としていたと推察された。さらに、
深い群集(10mの湖底)に比べて強光環境である浅い群集(水深4m
の湖底)では藍藻類が多く、また同一水深でも強光の持続に伴い藍
藻類が増加していった。これらのことから、光変動に対して藻類群
集が示した保持色素の組成を変化させるという応答は、群集の優占
藻類の変化をも含むことが示唆された。
 自然群集を扱う上で、試料採集地点による生物分布の不均一性に
伴う差が生じることも予想された。そこで、結氷中に採集した藻類
群集試料を容器中で湖面培養し、同一試料の光合成・色素類の変動
を追跡する現場実験を実施することにより、これまでの結果の検証
を試みた。その結果、光増加によって最大量子収率とカロテノイド
相対含有率の低下は1日以内に生じ、強光下に群集を維持すること
で、1~8週間以内に最大量子収率の回復とカロテノイド類の増加が
生じることが確認された。強光時の急低下とその後の回復、および
優占群集の変化を伴った応答は、自然生育下で見られたものと同様
であった。これにより、これまでの結果は、光環境の変動に対して
藻類が示した応答現象であったことを確証した。
本研究で扱った全ての湖沼において見られた、藻類群集表層のオ
レンジ色は紫外線防御物質とカロテノイドの相対含有率が高いこと
に起因していた。これまでに、群集表層のオレンジ色が冬季でも観
察されてきたことから、藻類群集は、表層にこれらの防御色素類を
年間通して保持していると推察された。これによって、光合成の効
率を高め難くなるが、積雪や湖氷の消失により突如入射する強光に
も大きな障害を受けず生存できると考えられた。
 本研究によって、藻類群集は群集内における保持色素量の鉛直差
に加え、色素類の光防御・光捕集・光制御という3つの機能を組み
合わせ、光環境に応じて各作用の大きさを調整しつつ、群集という
一つのシステムとして南極の湖底環境に応答していることを示すこ
とが出来た。藻類群集は、光エネルギーを獲得可能であるが強光・
強紫外線環境という夏の短期間に、過剰な光の防御によって死滅を
回避し、可能な範囲の光エネルギーを利用することによって正の光
合成を維持でき、南極の湖底で大群落を築き上げていたと考えられ
た。
 尚、本研究を遂行するにあたり、回復に多大の時間を要する南極
の生態系を破壊することが無いよう、十分な注意を払った。, application/pdf, 総研大甲第1239号}, title = {南極湖沼における藻類群集の光生理・生態学的研究}, year = {} }