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段階で様々な組織に分化し、個体の死とともにその役割を終える。一方、生殖細胞は有性
生殖の過程を経て次世代へ受け継がれ、生命の連続性を担う。このような特殊な機能を
担う生殖細胞の発生を制御する機構を明らかにすることは、発生生物学の中心課題の一
つである。
 多くの動物において、生殖細胞形成に必要な母性因子が生殖質と呼ばれる卵細胞質に
局在することが知られている。ショウジョウバエの生殖質(極細胞質)は卵の後極に局
在し、始原生殖細胞(極細胞)へ受け継がれる。この極細胞質に局在する母性因子の1
つとして、nanos(nos) mRNAが知られている。母性nos mRNAにコードされるNosタ
ンパク質の機能が失われると極細胞のアポトーシスが引き起こされる。さらに、Nosタ
ンパク質は、マウスや線虫においても保存され、これらの動物種でも生殖細胞系列のア
ポトーシスを抑制する機能を持つ。したがって、この生殖細胞系列におけるアポトーシ
スの抑制が、Nosタンパク質の保存された機能であると考えられる。
 これまでの研究から、Nosタンパク質は、極細胞中においてhead involution defective
(hid)
mRNAの翻訳を阻害することによってアポトーシスを抑制することが明らかと
なっている。hidは、アポトーシス誘導に関わるカスパーゼ活性を抑制するinhibitor of
apoptosis(IAP)タンパク質に結合し不活性化するIAP結合タンパク質をコードする。
hidの機能欠損型突然変異によりNosタンパク質を欠く極細胞(nos極細胞)のアポトー
シスがほぼ完全に抑制されるので、hidnos極細胞におけるアポトーシス誘導において
主要な役割を担っていると考えられる。正常胚発生過程において、hid mRNAは、生殖
巣へと移動中の極細胞中で転写される。このことは、潜在的にアポトーシスをおこなう
能力が極細胞に備わっていることを示唆している。本研究では、極細胞のアポトーシス
の役割を明らかにするために、極細胞中においてhid 発現に関わる遺伝子の探索をおこ
ない、以下の諸点を明らかにした。

1) 極細胞中のhidの発現に、tumor necrosis factor ligand(TNF)スーパーファミリーリガ
ンドホモログをコードするeiger(egr)遺伝子が必要であることを見いだした。egr
は胚発生ステージ9のみで極細胞中で発現し、この発現にはdecapetaplegic(dpp)遺伝
子が関与することも明らかにした。dppは極細胞に隣接した体細胞で発現し、極細胞
中でDppシグナル経路を活性化する。さらに、極細胞中におけるhidの発現にdpp
関与することが明らかになった。以上の知見は、体細胞からのDppシグナルにより、
極細胞中でegrが活性化し、その働きによりhidの発現が引き起こされることを示唆している。
2) X線照射等のストレスにより誘導されるアポトーシスに関わるp53遺伝子、および
check point kinase 2(Chk2)ホモログをコードするloki(lok)遺伝子が、極細胞中にお
けるhidの発現に必要であることを明らかにした。X線を照射した胚において誘導さ
れるhidの発現には、lok依存的なp53のリン酸化が関与することが示唆されており、
極細胞中においてもlok依存的なp53のリン酸化がhid発現に必要と予想できる。p53
は胚全体で発現が観察されるのに対して、母性lok mRNAとそのタンパク質は極細胞
に偏在することから、母性Lokによりp53がリン酸化され、極細胞中でのhid発現に
関与すると考えられる。
3) 胚発生ステージ11の胚において、hidの発現とアポトーシスが頭部や顎の体節部等の
体細胞で検出される。p53は胚期の体細胞全体で弱い発現が観察されることから、こ
hidの発現にもp53が関わるか否かを調べた。その結果、p53突然変異胚においても、
体細胞におけるhidの発現に変化は見られなかった。この結果は、正常胚発生過程に
おいて体細胞でみられるhidの発現が、p53非依存的であることを示している。さらに、
egr突然変異も体細胞におけるhidの発現に影響を与えることはなかった。以上の知見
を総合すると、hidの発現は、極細胞特異的にp53egrによって制御されていること
を示している。
4) egrp53およびlokは極細胞中のhidの発現に必要であるが、それぞれの突然変異単独で
は、nos極細胞のアポトーシスを阻害することはできなかった。これは、各突然変異胚
の極細胞中において、hidがわずかながら発現しているためと考えられる。また、egr
と共にp53の機能を欠く場合でも同様に、極細胞におけるhidの発現が残存しているこ
とから、egrと共にp53の機能を欠くnos極細胞でもアポトーシスを抑制できないと予想
できる。実際にはegrp53nosの3重突然変異を作製することができなかったため、
この点に関して結論は出せないが、以上の結果は、p53egrが関わる経路以外にもhid
の発現を活性化する経路が存在する可能性を示唆している。

 以上のように、アポトーシス誘導に中心的役割を果たすhidの発現は、極細胞質に偏
在する母性因子の働きとともに、体細胞からの誘導により制御されていることが明らか
となった。Nosタンパク質は、hid mRNAの翻訳阻害によりアポトーシスを抑制すると
いう機能以外にも、極細胞が体細胞に分化するのを抑制するという重要な機能を持つ。
本研究で明らかにしたhidの発現機構は、Nosタンパク質が減少した場合に生じる「異常
な」極細胞をすみやかに排除するための「品質管理機構」の一端を担っていると解釈で
きる。生殖細胞系列の細胞死は多くの動物で観察されるにもかかわらず、その制御機構
は未だに解明されていない。Nosタンパク質は多くの動物で生殖細胞系列の細胞死を制
御しており、本研究で明らかにした知見は、ショウジョウバエのみならず、他の動物に
おける細胞死の制御機構、さらにその役割を解明する上で基礎になると考えている。","subitem_description_type":"Other"}]},"item_1_description_7":{"attribute_name":"学位記番号","attribute_value_mlt":[{"subitem_description":"総研大甲第1295号","subitem_description_type":"Other"}]},"item_1_select_14":{"attribute_name":"所蔵","attribute_value_mlt":[{"subitem_select_item":"有"}]},"item_1_select_8":{"attribute_name":"研究科","attribute_value_mlt":[{"subitem_select_item":"生命科学研究科"}]},"item_1_select_9":{"attribute_name":"専攻","attribute_value_mlt":[{"subitem_select_item":"19 基礎生物学専攻"}]},"item_1_text_10":{"attribute_name":"学位授与年度","attribute_value_mlt":[{"subitem_text_value":"2009"}]},"item_creator":{"attribute_name":"著者","attribute_type":"creator","attribute_value_mlt":[{"creatorNames":[{"creatorName":"MAEZAWA, Takanobu","creatorNameLang":"en"}],"nameIdentifiers":[{"nameIdentifier":"0","nameIdentifierScheme":"WEKO"}]}]},"item_files":{"attribute_name":"ファイル情報","attribute_type":"file","attribute_value_mlt":[{"accessrole":"open_date","date":[{"dateType":"Available","dateValue":"2016-02-17"}],"displaytype":"simple","filename":"甲1295_要旨.pdf","filesize":[{"value":"340.6 kB"}],"format":"application/pdf","licensetype":"license_11","mimetype":"application/pdf","url":{"label":"要旨・審査要旨","url":"https://ir.soken.ac.jp/record/1510/files/甲1295_要旨.pdf"},"version_id":"569220b8-4d88-4881-b0a8-e242291f7017"}]},"item_language":{"attribute_name":"言語","attribute_value_mlt":[{"subitem_language":"jpn"}]},"item_resource_type":{"attribute_name":"資源タイプ","attribute_value_mlt":[{"resourcetype":"thesis","resourceuri":"http://purl.org/coar/resource_type/c_46ec"}]},"item_title":"ショウジョウバエ始原生殖細胞におけるアポトーシス制御機構の解明","item_titles":{"attribute_name":"タイトル","attribute_value_mlt":[{"subitem_title":"ショウジョウバエ始原生殖細胞におけるアポトーシス制御機構の解明"}]},"item_type_id":"1","owner":"21","path":["21"],"pubdate":{"attribute_name":"公開日","attribute_value":"2010-06-09"},"publish_date":"2010-06-09","publish_status":"0","recid":"1510","relation_version_is_last":true,"title":["ショウジョウバエ始原生殖細胞におけるアポトーシス制御機構の解明"],"weko_creator_id":"21","weko_shared_id":-1},"updated":"2023-06-20T15:59:01.554848+00:00"}