@misc{oai:ir.soken.ac.jp:00001638, author = {オイカワ, アキフミ and 及川, 昭文 and OIKAWA, Akifumi}, month = {2011-11-07, 2011-11-07}, note = {application/pdf, 1946年にENIACという最初のコンピュータが発明されて以来,コンピュータは著しい進歩を遂げてきました。そして,いまや日常生活になくてはならないものとなったコンピュータは,学問の世界でも不可欠な道具となっています。考古学もコンピュータとは無縁ではいられなくなりつつあります。  考古学者V.G.チャイルドはその著書「考古学とは何か」(岩波新書703)の中で次のように述べています。  考古学者の任務は,時代と社会環境の産物であるわれわれ人類,そのわれわれのすむ人類社会の形成過程を調査し復原することである。……………  すべて考古学的資料は,人間文化研究機構の思想や目的の表現体であるから,そこから思想や目的がひきだされてはじめて価値を生じる。  すなわち,考古学者は地中から掘り出された土器や石器を見て,さまざまな「情報」をとりだし,その情報にもとづいて当時の人々の生活や社会を再構築しています。しかしながら,これらの土器や石器をながめているだけで「情報」が浮かび上がってくるわけではありません。彼らは古墳の測量図を作成し,土器や石器の実測図を描き,分類し,さまざまな角度から分析して,なんとか有用な「情報」を見つけ出そうと日夜努力しています。そして,この「情報」を取り出す作業に,考古学者たちはコンピュータを活用し始めています。  本日は,シミュレーションという手法を利用した遺跡分布の推定,データベースを分析して縄文海進の痕跡を発見する話を中心に,考古学におけるコンピュータ利用の現状を解説します。1 1 「縄文海進」とは,約7000年前ころ(縄文時代に含まれる)に,現在に比べて海面が2~3メートル高くなり, 日本列島の各地で海水が陸地奥深くへ浸入した現象をさします。 この時代には日本列島の各地に複雑な入り江をもつ海岸線が作られました。その後海面は現在の高さまで低下し, かつての入り江は堆積物で埋積されて,現在水田などに利用されている比較的広く低平な沖積平野を作りました。 この海進の現象は日本では東京の有楽町で最初に調べられたこともあり,地質学的には「有楽町海進」, あるいは「完新世海進」とか「後氷期海進」などと呼ばれています。花粉化石や貝化石の研究に基づくと, 「縄文海進」の時期の日本列島は,今よりも数℃以上気温,水温が温暖な時期であったことも推定されています。 http://wwwsoc.nii.ac.jp/qr/QA/answer/ans010.htmlより, 第13回学術講演会;2010年11月3日(祝)10:30~12:30 葉山キャンパス 共通棟2階 講義室 ■第2セッション11:30~12:30 「地下に真実、地にロマン」~コンピュータが拓く新しい考古学~ 講師:及川 昭文 [生命共生体進化学専攻教授]}, title = {「地下に真実、地にロマン」~コンピュータが拓く新しい考古学~}, year = {} }