@misc{oai:ir.soken.ac.jp:00000657, author = {中島, 秀樹 and ナカジマ, ヒデキ and NAKAJIMA, Hideki}, month = {2016-02-17, 2016-02-17}, note = {1 研究背景
 物性物理の分野では、真空技術、薄膜作成技術(MBE)の進歩、表面評価方法(STM,AFM)の開発によって原子レベルでの評価制御が可能となってきている。このような技術の進歩は電子デバイスの開発が抱えている問題、またはその問題の本質的な部分を学術的に解決しようという流れの中から生まれてきた。現在、ナノスケールで行われている基礎研究はナノサイエンスと呼ばれている。例えば高密度磁気記録デバイスでは、その開発スケールがナノメートルオーダーで行われてきているため、磁性薄膜や磁性多層膜等の低次元系の磁性研究が盛んに行われてきている。一方で、磁性の発現に関する本質的な問題は未だに解決できていないため、多くの理論が提起され、実験的な検証が行われてきている。
 典型的な磁性体であるFe,Co,Niという遍歴磁性体を定性的に説明するのにストナーモデルによる解釈がある。ストナーはスピンが移動したときの運動エネルギーの上昇と電子間に働く電子相関エネルギーの減少のバランスを考慮して、強磁性状態への不安定性を生じる条件を示した。この条件によって強磁性が得られるのは厳密にはNiだけであるがFe,Coではフェルミ準位に高い状態密度が実現していることから、フェルミ準位の高い状態密度が強磁性発現のための必要条件であると考えられている。またFe,Coに限らすMn,Cr,Vといった物質でも次元性の低下、または化合物において磁性を発現する可能性がある。その中でもCrは酸化物の価数と構造の違いによって強磁性CrO2や反強磁性Cr2O3,となることが分かっている。また低次元系の表面では、磁性の発現に重要なフェルミ準位の高い状態密度を実現する可能性が指摘されている。一般的に表面という境界領域では、原子の配位数の減少によるs-d混成の減少やボンドの切断、境界条件の変化による表面準位の形成によって電子が局在化する傾向がある。このような局在化、特に表面準位は高い状態密度を形成することから、強磁性を発現することが期待されている。
 実際に表面における磁気モーメントの増大は、典型的な磁性体であるFe,NiそしてCrにおけるバンド計算から指摘されている[1].この計算によれば、バルクで強磁性体のFe(001),Ni(001)表面ではバルクに比べて大きな磁気モーメントをもつ。また反強磁性体であるCr(001)面では、表面第一層においては極めて大きな磁気モーメントをもち、表面が強磁性になることが予想されている。そしてCr(001)表面の強磁性発現は、ストナーモデルによって解釈されている[2]。さらに最近行われたバンド計算[3]ではCr(001)表面上の代表的な表面不純物である炭素(C)、窒素(N)、酸素(O)の1ML-p(1 × 1)構造における磁気モーメントが計算されている。この計算によると、C<N<Oの順でCr表面の磁気モーメントは増大し、酸素吸着構造では清浄表面よりも大きなモーメントをもつことが指摘されている。
 このように理論的研究から提起されたCr(001)表面の磁性は、様々な実験方法によって検証されてきた。しかし、Cr(001)表面の清浄化が困難なために実験としての信頼性に欠くものや、表面再構成のため単純に強磁性を実現していないとする実験事実まで、それぞれの結論には一貫性がない。実験的に表面の磁性の明確な検証を行うには、清浄表面の作成評価し、表面電子状態及び吸着原子依存性を明らかにすることが必要である。

2 研究目的
 以上のようにCr(001)表面の理論的研究によると、Cr(001)表面の強磁性は、フェルミ準位に高い状態密度を形成する表面の電子状態によって定性的に説明されていることが分かる。一方実験的には、明確に表面評価された清浄表面における、強磁性発現に寄与する表面の電子状態についての詳細な報告及び価電子帯のスピン偏極度についての報告がなく、その磁性は未だ明らかにされていない。またO/Cr(001)における磁気モーメントの増大は、理論[3]及び実験[4]的にもその存在を示唆する結果が得られているが、吸着による界面の電子状態を詳細に明らかにした報告はない。そこで、本研究では表面吸着原子及びその量に依存したCr(001)表面の電子状態を調べ、表面の磁性を明らかにすることを目的とした。

3 実験
 表面の電子状態を調べる方法として角度分解光電子分光及びスピン分解光電子分光を用いた。光電子分光法は占有された電子状態を直接測定できることがらバンド構造、電子軌道対称性、スピンに関する情報を得ることができる。また放出される光電子の運動エネルギーを選択することで表面の電子状態を測定できるという点で本研究に適している。実験は高エネルギー加速器研究機構物質構造科学研究所の放射光実験施設で行った。本研究における実験ステーションの利用は放射光共同利用実験課題番号2000G192に基づいて行った。以下に実験の詳細を列挙する。
1. AES、LEED、仕事関数、光電子スペクトルにょりCr(001)表面及びO/Cr(001)のキャラクターを調べた。Cr(001)表面の清浄化の困難さから生じる問題を除去するため、AESによる不純物とその量の決定、LEEDパターン及び仕事関数の変化による表面原子構造の特定、酸素吸着構造及び吸着量の変化による光電子スペクトルの変化から表面を評価した。
2. 角度分解光電子分光によりCr(001)表面及びO/Cr(001)における表面準位及び界面準位を特定し、そのバンド構造と電子軌道対称性を調べた。バンドの分散幅は電子状態の局在性を計る目安となる。また強磁性が実現しているとすれば、対称性が同じでスピンが異なる交換分裂した準位が確認できることがら、その電子軌道対称性を測定することは重要である。最終的には対称性を考慮した表面のバンド計算との比較を行い、表面の磁性を評価した。
3. スピン分解光電子分光により価電子帯のスピン偏極度を測定し、表面における強磁性の存在を検証した。表面に起因する二次電子のスピン状態を調べることにより、表面のマクロな磁性を評価した。

4 研究結果
 本研究で得られたCr(001)表面及びO/Cr(001)の電子状態と磁性に関する知見をまとめる。Cr(001)表面に起因する二次電子はスピン偏極しており、表面の炭素原子濃度により大きな減偏極を示した。このことはCr(001)表面が強磁性であることを示す明らかな証拠である。また表面の磁性の発現に寄与していると考えられる表面準位のバンド分散と対称性を明確にした結果、表面準位のバンド分散は小さく、ストナーモデルで説明されるようなフェルミ準位付近に高い状態密度の形成をM電子によって実現していることが明らかになった。また対称性を考慮した表面バンド計算[2]との比較においてエネルギー的な不一致が見られたことは、表面の電子状態の強い局在性に起因していると考えられる。
 O/Cr(001)のスピン偏極度は、理論から期待される磁気モーメントの増大を直接的に示さなかったが、C/Cr(001)に比べて大きい偏極度を示した。O/Cr(001)では欠陥構造が存在するという報告[5]があり、また磁壁のピン止めによって多磁区構造を形成し、減偏極を起こしていると考えられる。またO/Cr(001)の界面準位のバンド分散と対称・性を明確にした結果、界面準位のバンド分散は小さく、ストナーモデルで説明されるようなフェルミ準位付近に高い状態密度を実現していることが分かった。また電子軌道の対称性から界面準位は3d-2pπ混成結合準位であり、理論的研究[3]から指摘されるCr表面内結合力の低下に寄与していると考えられる。


参考文献
[1] A. A. Ostroukhov, V. M. Floka and V. T. Cherepin, Surf. Sci. 331-333, 1388 (1995).
[2]  C. L. Fu and A. J. Freeman, Phys. Rev. B33, 1755 (1986).
[3] A. Eichler and J. Hafner, Phys. Rev. B62, 5163 (2000).
[4] F. Meier, D. Pescia and T. Schriber, Phys. Rev. Lett. 48, 645 (1982).
[5]  M. Schmid, G. Leonardelli, M. Sporn, E. Plazgummer, W. Hebenstreit, M. Pinczolits and P. Varga, Phys. Rev. Lett. 82, 355 (1999)., application/pdf, 総研大甲第577号}, title = {Cr(001)表面の電子状態と磁性の研究}, year = {} }