@misc{oai:ir.soken.ac.jp:00000666, author = {森本, 多磨喜 and モリモト, タマキ and MORIMOTO, Tamaki}, month = {2016-02-17, 2016-02-17}, note = {フラストレーション系の基底状態が長距離秩序を持つかどうかは統計力学的に重要で興味深い問題である。反強磁性フラストレーション系については多くの理論と実験の研究があり、基底状態に関してはT=0Kまで激しいゆらぎを持つスピン液体状態、スピングラス状態への凍結、長距離秩序相などの様々な可能性が示されてきた。かごめ格子反強磁性体は典型的な幾何学的フラストレーション系であり、隣り合うスピン3角形同士の結合が最も緩い格子である。Feジャロサイト及びCrジャロサイトと呼ばれる化合物[化学式AM3(OH)6(SO4)2(Aは1価の陽イオン、MはFe3+またはCr3+)]はかごめ格子Heisenberg反強磁性体である。磁性イオンが3価の鉄イオン(Fe3+,S=5/2)の場合、1価陽イオンがH3O+でない場合は長距離秩序状態(q=0構造)、H3O+の場合はスピングラス状態に凍結することが示されている。しかし、より基本的なスピン3/2のCr3+化合物(以下、Crジャロサイト、1価イオンAを指定する場合はA-CrJと書く)についてはK-CrJに関する僅かな実験しかない上に、それらは相互に矛盾して低温の凍結相すらはっきりしていない。
 本研究はCrジャロサイトの低温におけるスピン状態を実験的に明らかにすることを目的として行われた。5種類の化合物(A=K,Na,Rb,NH4およびKCr3(OD)6(SO4)2)を用意し、それらの磁化測定、パルス核磁気共鳴(NMR)法によるNMRスペクトル、陽子スピン-格子緩和率の測定を通してCrジャロサイトの磁性的な振舞いを観測した。実験の温度範囲は0.03-300K、磁場範囲は1.5-62kGである。実験結果を解析してCrジャロサイト系の相転移の全体像を明らかにすることができた。主な成果は、常磁性相からスピン凍結に繋がる温度領域でCr3+欠損のない完全なかごめ格子でスピン系はCP相(Cooperative Paramagnet相)と呼ぶ状態になること、スピン凍結相として低い外部磁場の中ではq=0長距離秩序状態とスピングラス状態が共存するが、強い外部磁場の中ではスピングラス状態のみが存在すること、スピングラス状態はスピン折り込みによるトポロジカルスピングラスであることを見出したことにある。1価陽イオンの異なる化合物の凍結状態の比較からは、1価陽イオンを通しての面間相互作用の可能性が示唆される。

1.Cooperative Paramagnet相
 磁化率測定の結果は室温から30Kまでの広い温度領域で高温展開の理論によく一致する。実験データの理論曲線へのフィッティングから、反強磁性相互作用定数J=5K、Weiss温度-50K、Cr3+磁気モーメント3.6μBが得られた。磁気モーメントの値からCr3+欠損量は10%内外と推定された。高温の陽子NMR(H-NMR)スペクトルは2本のピークに分離している。重陽子化試料のD-NMRを用いて低磁場側のピークが完全なかごめ格子に属するHによるものであることを明らかにした。このピークは室温から30Kまでは温度の低下とともに低磁場側にシフトするが、30K以下、スピン凍結温度以上の温度領域ではシフト方向は反転し、急速に線幅が広がる。陽子のスピン格子-緩和率は同じ温度領域で温度の低下とともに大きくなっている。これらは完全なかごめ格子における反強磁性的な性質、局所磁場とゆらぎの発達を示している。シフトの大きさは磁化率に比例するから、完全なかごめ格子の磁化率を磁化測定で得られた試料のバルク磁化率から分離することが出来た。
 この結果は、完全なかごめ格子スピン系が30Kで常磁性相から新しい相に入ることを示している。スピン凍結相の基本構造が120°構造であることを考慮すると、新しい状態はスピン3角形(plaquette)内でスピンの120°構造が発達しつつ、plaquette内のフラストレーションとplaquetteの方向のランダムなゆらぎによる激しいスピンゆらぎを伴う1種のCooperative Paramagnet(CP)状態である。格子の幾何学的対称性を崩す摂動や面間相互作用がなければCP相はT=0Kまで存続し、純粋なかごめ格子反強磁性体の基底状態はスピン液体的なものになるだろうと予想できる。

2.スピングラス相
 K-CrJ、Rb-CrJ試料では4K付近でスピン凍結が始まる。スピン凍結は1.4Kまで続き、それ以下の温度でNMRスペクトルは変化しない。凍結相のスペクトルは、低磁場(5kG以下)では、長距離秩序相(q=0構造)スピングラス的な相、および、線幅の細い凍結されていない相の共存を示した。しかし、高磁場(5kG以上)ではq=0構造は現われない。最も特徴的なスピングラス的な相のスペクトルについて解析して、この相はplaquetteの折り込み(spin folding)を伴うトポロジカルスピングラス相であることを見出した。トポロジカルスピングラス相の存在はこの実験によって初めて具体的に確かめられた。
 NH4-CrJではスピン凍結が8Kで起こり、且つ、高磁場でも凍結相としては長距離秩序状態(q=0構造)しか現われない(スピングラス相は極めて小さく、明確ではない)。Na-CrJではスピン凍結が他の試料と異なっている。スピン凍結温度は0.1Kで、凍結状態はスピン系の極一部に限られる。実験の最低温度の0.03KでもH-NMRスペクトルは見かけ上やや非対称な裾を引くsingle lineであり、スピン系の殆どの部分で激しいゆらぎが存続していることを示す。凍結相は他の試料に見られるq=0構造でもスピングラス相でもない。

3.面間相互作用の可能性
 スピン凍結温度はNH4-CrJのみが飛びぬけて高く、且つ、q=0構造のみが現われる。これは2枚のかごめ面の間にある陽イオンの違いに起因すると考えられる。かごめ面間に比較的強いCr-NH4-Cr結合があるとすれば、凍結温度は高くなり、高い磁場の中でもplaquetteをかごめ面内に固定してq=0構造の長距離秩序相を作ることができるだろう。一般に、1価陽イオンを通しての面間相互作用が考えられれば、K-CrJやRb-CrJの面間相互作用はNH4-CrJより弱いので、凍結温度が低く、spin foldingが起こり易いことになる。さらに、Cr-Rb-Cr結合がCr-K-Crより少し弱いとすれば、K-CrJとRb-CrJの間で観測された磁気的振舞いの小さな違いをすべて説明することができる。合成することのできたCrジャロサイト化合物の中でNa-CrJは最も小さな1価イオン半径を持つもので、Na欠損量は他の化合物よりも大きいと考えられる。Na-CrJの凍結における特殊な振舞いはこのような事情に起因するものであろう。
 これらのことから、Crジャロサイトの2枚のかごめ面の間には1価陽イオンを通しての面間相互作用が存在し、それがスピン凍結に大きな影響を持っている可能性が示唆される。, 総研大乙第135号}, title = {かごめ格子反強磁性体Cr-Jarosite化合物の磁性とNMR}, year = {} }