@misc{oai:ir.soken.ac.jp:00000682, author = {佐藤, 宏樹 and サトウ, コウキ and SATO, Kouki}, month = {2016-02-17, 2016-02-17}, note = {電子ドープ(n)型銅酸化物高温超伝導体の発見以来,その超伝導発現機構がホールドープ(p)型銅酸化物と共通するものであるかという問題は,銅酸化物高温超伝導体の分野で最も注目されている話題のひとつであり,両者の超伝導をキャリアの符号の違いだけで説明可能かどうかという"電子・ホール対称性"の有無がさかんに議論されている.銅酸化物高温超伝導体の母物質は,銅イオンが3d9の電子配置(Cu2+)をもち,電子相関を考慮しないバンド理論からは3dバンドが半分だけ電子(ホール)で占有された金属状態を取ることが予想されるが,実際には電子間の強いクーロン相互作用により同一Cuサイトでの二重占有が禁止される結果,バンドが2つに分裂して絶縁体(Mott-Hubbard絶縁体)となっていると考えられている.このような強い電子相関を前提にした超伝導理論の一つであるt-Jモデルでは,そこにドープされたホールがCu2+イオンとスピン一重項を形成するとともに,その電子状態が実効的に単一のMott-Hubbardバンドに射影されて電子と同様に記述されるため,超伝導機構(強い交換相互作用JによるCooper対形成)はキャリアの符号に依らないことが予想される.しかしながら,近年の試料作製技術や測定技術の向上によりn型銅酸化物についても詳細な実験が行なわれるようになった結果,中性子散乱実験で観測されているスピン揺らぎや角度分解光電子分光(ARPES)測定による超伝導秩序変数等において,両超伝導体の性質が異なるという報告がなされている.ただし,n型銅酸化物の多くはCuO2面間に希土類磁性元素が存在するため,ミュオンのような磁気プローブを用いた実験ではその磁性元素の局在磁気モーメントによりCuO2面からの情報が覆われてしまうことからCuO2面からの純粋な情報を得ることが難しく,そのために磁束格子状態を通じた超伝導の研究はp型超伝導体に比べ遅れをとっている状況にある.
 Sr1-xLaxCuO2(SLCO)は,超伝導転移温度Tc(~42K)がn型銅酸化物のなかで最も高く,CuO2面間に磁性元素も持たないため磁束格子状態の研究に最適である.これまでにもSLCOについては他のグループによるミュオンスピン回転緩和(μSR)実験が報告がされており,Shengelayaらの報告によるとx=0.10の試料で磁性の出現は無く,超伝導の磁場侵入長λを見積もると,過去に報告されている銅酸化物超伝導体と比較して短い磁場侵入長(λpoly=152(3)nm)をもつことが報告されている.一方,Kojimaらによる報告では超伝導が出現する同組成の試料においてCu電子スピンによる磁性が出現し,その磁性相による緩和がλを見積もる際に影響を及ぼしている可能性を指摘している.このように,SLCOの磁性,磁束格子状態の理解に関しては大きな不確実さが残っており,本実験では二つのグループでなされなかった高横磁場(μ0H<6T)や縦磁場での詳細なμSR測定によって,SLCOの磁気基底状態の解明と磁束格子状態の研究を行い,n型銅酸化物超伝導体における新たな知見を得ることを目的とした.
 本研究のために新たに合成したSLCO(x=0.10,0.125,0.15)についてμSR測定を行なった結果,高横磁場μSR測定では常伝導状態で2種類,超伝導状態で3種類のピークが観測された.1つは弱い核双極子磁場しか存在しない非磁性相のピーク,2つめはCu電子スピンによる磁性相からのピークで,同相が室温付近から温度の低下とともに増大し,50Kで試料の約半分の体積分率を示すまで発達する様子が観測された.零磁場時間スペクトルにはこの磁性相からの信号が指数関数型の緩和として現れるが,長距離磁気秩序を示す振動成分は観測されなかった.これらの結果から,SLCOでは常伝導状態において非磁性相と長距離磁気相関を持たない静的なCuスピンによる磁性相とに微視的に相分離していることが明らかになった.さらにTc以下で磁束格子の形成による第3のピークが出現する.Tc以下のμSRスペクトルの解析は常伝導状態での相分離の結果をふまえ,磁束格子相,磁性相および常伝導非磁性相の3成分からなるモデルによる解析を試みた.磁束格子相の磁場分布密度を近似するモデルには,Hを磁束格子内の磁場,γを磁束中心からの距離としてH(γ)=H0exp(-γ/λ)で表される単一磁束の重ね合わせで近似されるLondonモデルに,磁束中心での発散がコヒーレンス長程度の半径内で抑えられる状況を考慮するためのカットオフ項を付け加えたものを用いた.解析から見積もられた磁場侵入長λPolyは104(8)nm(x=0.10),105(3)nm(x=0.125),119(8)nm(x=0.15)となり,Shengelayaらによって報告された値よりさらに短い結果が得られた.この結果は,n型超伝導体であるSLCOがp型銅酸化物の不足~最適ドープ付近の試料において経験的に知られているTcと超伝導電子密度(磁束格子状態でのミュオンスピン緩和率σ[αλ-2]に比例)との間の比例関係から大きく外れる,ということを明確に示している.磁場侵入長はλ-2=4πe2ns/m*c2(ns:超伝導電子密度,m*:有効電子質量)で表わされることから,n型銅酸化物超伝導体はp型超伝導体とns/m*が大きく異なると考えられる.実際SLCOのnsを見積もると,それがp型銅酸化物のns,に比べて一桁程度大きな値を持ち,キャリア濃度もxより大きな値をとる結果が得られた(x=0.125試料でp~0.7).これは,n型銅酸化物のARPES測定で示されたx=0.1程度の最適ドーピング試料におけるキャリア濃度p=1+xの大きなフェルミ面の形成や,Tの二乗に比例する電気抵抗率およびNMR測定で観測されるKorriga則といった通常金属的なふるまいとも一致し,これらの実験結果はx?0.1付近のn型銅酸化物超伝導体がドープされたMott絶縁体としてではなくFermi液体状態として理解されるべきであることを強く示唆している.
 一方,μSR測定によって見積もったλには磁場とともに増加する傾向がみられるが,この原因として磁束コアを周回する超伝導電流による準粒子のDopplerシフトに起因する準粒子励起が考えられる.等方的なs波対称性のある超伝導ギャップをもつ物質であればこのときの準粒子のエネルギーの増加がそのギャップを越えない限り,上記の準粒子励起は起こらずλも変化しないが,d波対称性のようにギャップに節がある場合,その節近傍でDopplerシフトによって対破壊が起こる.過去に行なわれたバルク測定からはSLCOが等方的な超伝導ギャップを持つことが予想されているが,今回μSR実験によって観測したλの磁場依存性はSLCOの超伝導ギャップが異方的であることを示唆する結果となった.さらに磁場侵入長の磁場に対する傾きηをλ(η)=λ(0)[1+ηh](h=H/Hc2)として典型的なd波超伝導であるYBa2Cu3O6.95と比較するとSLCOのηの方が小さい値を示す.ηはDopplerシフトの影響を受けるFermi面の位相体積に比例する量であり,異方性の度合いを表す無次元量である.SLCOの場合,単純なd波超伝導ギャップよりこの位相体積が小さいことが予想され,これは近年n型銅酸化物Pr0.89LaCe0.11CuO4のARPES実験によって報告された,節近傍でのギャップの傾きが大きな非単調d波対称性をもつ超伝導ギャップの結果と一致する.
 このように本論文ではミュオンスピン回転緩和法を用いたSr1-xLaxCuO2の磁束格子状態の研究を行い,n型とp型銅酸化物の比較を行うことによって,両者の超伝導のキャリア濃度や超伝導秩序変数といった超伝導に関する本質的な特徴を明らかにするとともに,それらがp型銅酸化物と質的に異なることを示すことにより"電子・ホール対称性"を実験的に否定し,銅酸化物超伝導の理論的理解の枠組みに一定の制限を加えることに成功した., 総研大甲第1138号}, title = {ミュオンスピン回転緩和法による電子ドープ型銅酸化物高温超伝導体Sr1-XLaXCu02の磁束格子状態の研究}, year = {} }