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なる構造、電子状態、物性、反応性を示すことから近年活発に研究されている。特に、
超薄膜の価電子状態は、その物性や反応性を支配し、種々のデバイス機能の発現にも深
く係わっていることから、基礎科学としても応用研究面からも広く注目を集めている。
しかしながら、従来の電子分光法では超薄膜表面および超薄膜と基盤の界面の局所価電
子状態のみを選別して測定することはできなかった。そこで筆者は博士後期課程におい
て、非常に表面敏感で、特定の化学状態にある原子サイトからの光電子放出に由来する
オージェ電子のみを選択的に測定できるオージェ電子-光電子コインシデンス分光法
(Auger-photoelectron coincidence spectroscopy : APECS)を用いて、酸化シリコン超薄膜
(SiO2/Si)と酸化チタン(TiO2(110))表面の局所価電子状態の研究を行ったので、本論
文において報告する。
まず、オージェ電子-光電子コインシデンス分光(APECS)と電子-イオンコインシ
デンス(EICO)分光を1台で行うことができる電子-電子-イオンコインシデンス
(EEICO)分光装置の改良と性能評価を行った。EEICO分光器は同軸対称鏡型電子エネ
ルギー分析器(ASMA)、円筒鏡型電子エネルギー分析器(CMA)、および飛行時間型
イオン質量分析器から構成される。筆者は、ASMAとCMAのピンホールを最適化する
とともに、試料表面上の軟X線放射光のスポットサイズを絞り、さらにEEICO分光器
の位置を最適化することで、ASMAの分解能をE/ΔE~80、CMAの分解能をE/ΔE~20
まで改善した。さらに本装置を用いてSi(111)-7×7清浄表面のSi-L23VV-Si-2p APECSの
高分解能測定、凝縮H2Oの4a1←O 1s共鳴(励起光エネルギー532.9eV)におけるO共
鳴オージェ電子-H+光イオンEICOの高分解能測定に成功した。EEICO装置の高分解能化
により、高分解能APECS、EICOを効率よく測定することが可能となった。
第2の研究として、APECSによるSiO2/超薄膜表面とSiO2/Si界面の局所価電子状態研
究を行った。超高真空槽中にてSi(100)-2×1清浄表面、Si(111)-7×7清浄表面を熱酸化に
てSiO2超薄膜(SiO2/Si(100)、SiO2/Si(111))を作製し、EEICO分光装置を用いて
Si-L23VV-Sin+-2p APECS(n = 0、1、2、3、4)を測定した。その結果、Sin+の酸化数が増
大するとSi-L23VV-Sin+-2p APECSのピーク位置が低運動エネルギー側にシフトすること
を見出した。この結果は、Sin+の酸化数が増大するにつれて価電子帯の結合エネルギー
が増大することを示している。また本成果は、Si1+、Si2+、Si3+のSi LVVオージェスペク
トルを測定した初めての例であり、標準データとしてオージェ電子分光、走査型オージ
ェ顕微鏡による表面分析に役立つ。
次いで、膜厚13 Å、2.8 Å、1.7 Å、1.5 ÅのSiO2/Si(100)超薄膜(SiO2/Si(100)1層の厚
み:~1.37 Å)、4.1 Å、3.4 Å、1.5 ÅのSiO2/Si(111)超薄膜(SiO2/Si(111)1層の厚み:~1.57Å)のSi-L23VV-Si4+-2p APECSの測定を行った。その結果、膜厚1層のSiO2/Si(100)超薄
膜の価電子帯上端位置(valence band maximum、VBM)は、膜厚9層以上のSiO2/Si(100)
薄膜の最表面1~2層近傍のVBMよりもフェルミ準位側に~1.5 eV程度シフトし、
SiO2/Si(111)超薄膜の場合は、~2 eV程度シフトすることがわかった。これらSiO2/Si(100)
とSiO2/Si(111)のSi-L23VV-Si4+-2p APECSの比較から、1原子層(~1.5 Å)のSiO2/Si超
薄膜におけるVBMのシフトは、SiO2/Siの界面構造に由来することが明らかとなった。
また、2原子層(2.8 Å)のSiO2/Si(100)超薄膜のSi-L23VV-Si4+-2p APECSより、初期酸
化過程で界面から脱離するSi、SiOは、SiO2膜中に残留することでVBMを0.5 eV程度
フェルミ準位側へシフトさせうることが分かった。これらの成果は、厚さ10Å未満の超
薄膜の局所電子状態の研究という基礎科学研究分野に貢献するともに、シリコン半導体
デバイス産業に対してリーク電流の少ないゲート酸化膜の作製法の指針を与える。
第3の研究として、APECSによるTiO2(110)1×1清浄表面とその欠陥表面の局所価電
子状態の研究を行った。TiO2(110)1×1清浄表面の Ti4+ 2p1/2光電子放出に由来したTi4+
L2M1M23,L2M23M23, L2M23Vオージェ電子スペクトル、およびTi4+ 2p3/2光電子放出に由来
したTi4+ L3M1M23, L3M23M23, L3M23Vオージェ電子スペクトルを選択的に測定し、非常に
早いTi L2L3V Coster-Kronig(CK)遷移が起きていることを示す結果を得た。また、
TiO2(110)欠陥表面(酸素原子が脱離し、Ti3+、Ti2+が生じた表面)の通常のオージェ電子
スペクトル(Singles Auger electron spectrum、Singles AES)は、TiO2(110)1×1清浄表面の
Singles AESよりも低運動エネルギー側にシフトすることが分かった。この原因を明らか
にするため、TiO2(110)欠陥表面のTi3+ 2p3/2光電子放出に由来したTi3+ L3M1M23, L3M23M23,
L3M23Vオージェ電子スペクトルを選択的に測定した。すると、Ti3+ L3M1M23, L3M23M23,
L3M23Vオージェ電子スペクトルは、TiO2(110)1×1清浄表面のTi4+
L3M1M23L3M23-M23-L3M23Vオージェ電子スペクトルとほぼ同じ構造を示した。これは、
Ti3+ L3M1M23, L3M23M23, L3M23Vオージェ電子成分がTiO2(110)欠陥表面のSingles AESの
シフトに寄与していないことを示している。そこで、TiO2(110)欠陥表面のSingles AES
のシフトは、Ti3+ 2p1/2サイトに生じた内殻正孔が、より高い確率でTi L2L3V CK遷移が
起こるTi3+ L2L3V Giant CK遷移によって緩和され、これにより生じたTi3+ 2p3/2準位の正
孔がオージェ過程をによって緩和されることで、3正孔以上の多正孔終状態を反映した
Ti3+ L3M1M23, L3M23M23, L3M23Vオージェ電子ピークをつくるためと結論した。一般に、
金属TiのTi 2p1/2内殻正孔は、内殻正孔近傍のTi d電子密度が高いために、ほとんどが
Ti L2L3V Giant CK遷移によって緩和することが知られている。そこで、Ti L2L3V CK遷
移確率は内殻励起サイト近傍のTi d電子密度を反映すると考えられる。本結果はTi3+サ
イト近傍におけるTi d電子密度が、Ti4+サイト近傍におけるTi d電子密度より大きいこ
とを示唆している。
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