@misc{oai:ir.soken.ac.jp:00000799, author = {田中, 秀二 and タナカ, ヒデジ and TANAKA, Hideji}, month = {2016-02-17}, note = {サケ(Oncorhynchus keta)の母川回帰行動は,サケが海洋でどのように母川の正確な位置を知るのか,大きく環境条件が異なる河川への移動に際してどのような適応をしているのか,といった観点から研究の対象とされて来た.沿岸域は,サケが複雑な地形や入り混じった河川水の中で仔細な母川探索を行い,また繁殖や河川への遡上に備えて生理的なコンディションを整える場所であり,サケの行動と環境の対応を調査研究するには格好な地域と考えられる.しかし,海洋を自由に遊泳する魚類の行動を調査する困難さから,サケがどのような行動によって母川を探索しているか,外洋から沿岸域にたどり着いて後,母川遡上までにどのような場所に滞在し,どのような環境条件を選択しているかなどの,基本的な問題に対しても,得られている知見は少ない.
 三陸沿岸には,サケが10-12月にかけて母川回帰してくる.来遊のピークは水温が12-14℃に低下した12月であるが,シーズン前半には海洋の表面水温は20℃前後と高く,典型的な冷水性魚類であるサケは,母川を探索するとともに,この高水温に対する行動的な対応を迫られていると考えられる.これまでの研究により,サケの母川探索行動はサケが表層に滞在している間に行われる,と推測されて来たが,高水温期に来遊するサケは,深い深度への移動によって高水温を回避すると予測される.したがって,母川探索と高水温からの逃避にはトレードオフが存在し,季節的な水温環境の変化と,サケの成熟状態に依存して変化することが予測される.そこで著者は,装着型データロガーを利用して,沿岸域を自由に遊泳する母川回帰中のサケの遊泳行動と経験水温をファインスケールで数時間から10日間にわたって記録し,沿岸域でサケがどのような場所に滞在し,どのように高水温を回避し,かつ,どのように母川探索を行っていたか,を明らかにすることを目的として,以下の研究を行った.
 まず,データロガーによる標識放流と遊泳速度の記録から,サケのおおまかな移動範囲と,正確な遊泳速度と移動距離が明らかになった.湾口部で漁獲され,データロガーを装着放流された個体は,岸沿いに南北さまざまな地点で再捕され,河川に遡上する期間も一定ではなかった.したがって,三陸沿岸の湾口部には,その湾に注ぐ河川に遡上する個体だけではなく,一帯の河川に遡上する個体が混在し,沿岸域でのサケの母川探索は,周辺の湾を総当たり的に探索するような,ランダムな過程を含んでいると考えられた.サケが河口に到達するまでの水平方向の総移動距離は,放流地点から河口までの最短直線距離の19倍にも達する例があった.したがって,母川の河口にたど着いてからち,すぐには遡上を開始せず,母川が注ぐ湾の周辺を遊泳している個体がいると考えられる.サケは生理的なコンディションが整うのを待って,遡上のタイミングをはかっていたと推測される.サケの遊泳速度は平均0.70-0.86m/sであり,ほぼ1体長/sであった.
 次に,経験水温と遊泳深度記録の詳細な照らし合わせによって,サケが表層に含まれる河川水を利用して母川探索を行っていたことを,行動記録から確認した.河川水は塩分が低く密度が小さいため,河川水を含んだ海水は海面近くの表層に流れている.本研究の調査場所である三陸沿岸には流量の少ない多くの河川が存在するため,大河が存在するような地域と異なり,母川探索のためにはいっそう細かな探索が必要であると考えられる.サケはつねに表層を基点に行動し,水温が低下した時期の来遊個体は表層から遠ざかることはほとんどなかった.サケは表層を基点に下降と浮上を頻繁に繰り返していた.河川水を含む氷塊に遭遇すると,サケは表層での滞在時間を延長させることが明らかになった.表層での水平方向移動速度は0.70-1.1m/sであった.
 次に,高水温期に来遊するサケが表層の高水温を回避するために,時には200m以深の深度へ潜行することが記録された.これまでにサケがこのような深い深度に頻繁に潜行することは知られていなかった.表層水温が高く,鉛直的な成層が発達した時期に回帰した個体は,100m以深から時には200m以深へ移動し,表層と底層を二者択一的に選択していた.底層での滞在時間は水温が低いほど延長されていたので,経験水温の積算値を下げ,代謝によるエネルギー消費を節約する機能を持つことが考えられた.高水温期のサケはより低い水温を選択する結果,ほとんど常に海底直上まで下降していた.底層での遊泳速度はサケが表層に滞在している間よりも緩やかであった(0.67-0.81m/s).水温が低下した時期に回帰する個体は,表層に滞在し続け,鉛直移動による低い水温環境の探索を行わなかった.したがって,高水温期には,表層での母川探索と,底層でのエネルギーコストの節約にトレードオフが存在することが確認された.
 底層と表層を移動するのに要する,鉛直移動のエネルギーコストが大きくなり過ぎると,底層に移動して代謝速度を抑える利益が相殺してしまうと考えられる.しかし,鉛直移動速度の詳細な解析によって,サケが浮力の変化にあわせて遊泳行動を変化させて,移動効率のよい鉛直移動を達成していたことが明らかになった.浮上時には,深度が浅くなるにつれ膨張する鱈が獲得する正の浮力を利用して,遊泳によるエネルギーコストをほとんど消費せずにすませ,逆に下降時には,開始時点では正の浮力に抵抗することになるが,浮力の抵抗が小さくなる深度までは速い速度で遊泳することにより,移動効率を高めていた.
 高水温期に,成熟状態の異なる個体の行動を比較した結果;成熟が十分に進んだ遡上直前の個体は表層での滞在と,表層を基点にした反復的な一ヒ下移動を優先し,未成熟の個体は,深い深度での潜行を優先していたことが明らかになった.したがって,表層での母川探索と,底層でのエネルギーコストの節約のトレードオフは,個体の成熟状態に依存して変化すると考えられた., 総研大甲第398号}, title = {母川回帰中のサケ(Oncorhynchus keta)の遊泳行動に関する研究}, year = {} }