@misc{oai:ir.soken.ac.jp:00000816, author = {上野, 健 and ウエノ, タケシ and UENO, Takeshi}, month = {2016-02-17}, note = {陸上植物はつねに乾燥ストレスに曝されて生育しており,乾燥ストレスを克服しなければ生存できない.陸上植物は維管束植物(シダ植物,種子植物)と非維管東植物(コケ植物)にわけられる.維管束植物は乾燥ストレスに対して様々な形態的,生理的応答をみせる.いっぽう,コケ植物ではそれがもつ変水性という特殊な性質から脱水耐性に関する研究は数多く行われているものの,乾燥ストレスに対して形態的,生理的にどのような応答がなされているのかあまりわかっていない.しかも,乾燥ストレスに対する形態的,生理的応答を一貫して扱った研究はない.コケ植物の乾燥ストレスへの応答を明らかにすることは,陸上植物の水分維持機構の進化を考える上でも大変興味深い.
 コケ植物の乾燥ストレスへの応答を研究する場所として,コケ植物が旺盛に繁茂しており,乾燥地や湿地という対照的な水環境が近接して存在している北極ツンドラは理想的なフィールドである.
 本研究は,コケ植物の乾燥ストレスへの応答を形態的,生理的側面から明らかにすることを目的に,ノルウェー・スピッツベルゲン島において,乾燥地(Fellfield)と湿地(Snowbed)という対照的な水環境に生育するカギハイゴケの1)コロニーおよびシュート形態とその機能,2)水分生理特性,3)光合成特性の比較研究をおこなった.
 まず第一に,コロニーおよびシュート形態を定量的に解析した.乾燥地に生育するカギハイゴケ(以下,乾燥地ゴケとする)は,コロニーの厚さが平均51mm,湿地に生育するカギハイゴケ(以下,湿地ゴケとする)は平均71mmであり,乾燥地ゴケが湿地ゴケよりもコロニーの厚さが薄くなっていた.しかし,コロニー密度をみると,乾燥地ゴケが73mg/cm3,湿地ゴケが52mg/cm3であり,乾燥地ゴケが湿地ゴケより密度が高かった.また,コロニー表面に配置されているシュートの密度も乾燥地ゴケの値が湿地ゴケよりも高く,それぞれ39本/cm2、26本/cm2だった.以上のことより,乾燥地に生育するカギハイゴケは湿地のものに比べてシュートがぎっしりと密に詰まった状態のコロニーを形成していることが分かった.シュート形態として,シュートの付着葉数,主茎の分校頻度,枝の原基と考えられる休眠芽の数を取り上げた.付着葉数は乾燥地ゴケ,湿地ゴケの間で差は見られなかった.しかし,分校頻度,休眠芽数は両者に差がみられ,乾燥地ゴケで分校頻度が高く,休眠芽の数も多かった.休眠芽が多いということは潜在的にはまだ分技が起こることを示している.これらのことから,乾燥地ではシュートの分枝頻度が高くなることによってコロニー密度が高まることが示唆された.コロニー密度に応じたコロニーの環境緩衝能力を明らかにするために,乾燥地ゴケと湿地ゴケのコロニーの最大水分保持量,水分消失抵抗,貯熱効果を比較した.その結果,乾燥地ゴケが湿地ゴケよりも最大水分保持量,水分消失抵抗,貯熱効果ともに高いことがわかった.さらに,貯熱効果が高い乾燥地ゴケでは,副次的に晴天時の夜間,コロニー表面温度が気温よりも下がることがあり,このことはコロニー表面に結露をもたらすことが予想された.
 第二に,カギハイゴケの様々な含水量に応じた水ポテンシャルを測定し,水ポテンシャルと含水量の関係から様々な水分生理に関するパラメータを導き出し,比較した.まず,水ポテンシャルと含水量の関係から,植物体内に貯えることができる最大の水分量(飽和含水量),自由水が失われる水ポテンシャルおよびそのときの含水量(=細胞間質に存在する水分量; 結含水量)を求めた.乾燥地ゴケの飽和含水量は352%DW(植物体の乾燥重量当たりの水分重量)であり,湿地ゴケのそれは556%DWであった.自山水を失うときの水ポテンシャルは乾燥地ゴケが-7.2MPa,湿地ゴケが-4.1MPaであり,結合水量はそれぞれ55%DW,73%DWであった.以上のことから,乾燥地ゴケは湿地ゴケに比べ,植物体内に水分を貯めにくい構造になっているが,低い水ポテンシャルになっても自由水を失いにくいことがわかった.
 飽和含水量を相対含水量の1とし相対含水量を求め,水ポテンシャルと含水量の関係を(1-相対含水量)に対する水ポテンシャルの逆数の関係(P-V曲線)に変換した.そして,P-V曲線から膨圧を失うときの水ポテンシャル,最大膨圧時の浸透ポテンシャルを求めると,乾燥地ゴケの膨圧を失うときの水ポテンシャルは-3.56MPa,最大膨圧時の浸透ポテンシャルは-0.98MPaだった.いっぽう,湿地ゴケの膨圧を失うときの水ポテンシャル,最大膨圧時の浸透ポテンシャルはそれぞれ,-1.35MPa,-0.50MPaだった,乾燥地ゴケは湿地ゴケに比べ,膨圧を失いにくく,最大膨圧時の浸透ポテンシャルも低いことがわかった.膨圧を失うときの相対含水量は乾燥地ゴケ,湿地ゴケそれぞれ0.32,0.40であった.また,乾燥地ゴケ,湿地ゴケにおいて,浸透調節機能が備わっているか検証したところ,両者ともに浸透調節機能をもっていることがわかった.コケ植物で浸透調節機能を見出したのは世界で初めてである.しかも浸透調節機能が起こるタイミングが乾燥地ゴケと湿地ゴケで異なり,乾燥地ゴケは膨圧を失う前に,湿地ゴケは膨圧を失うときに浸透調節が起こることが示唆された.
 第三に,乾燥ストレスがカギハイゴケの光合成特性に及ぼす影響を明らかにするために,水分条件と光合成の関係,光条件と光合成の関係,温度条件と光合成の関係を調べた.水分条件と光合成の関係では同時に水分条件と呼吸特性の関係も調べられた.
 まず含水量(植物体の乾燥重量当たり)と光合成活性の関係をみると,その関係は両サイトに生育するコケともに最適値をもつ上に凸のグラフを描いた.そして,光合成における最適水分含量は,乾燥地ゴケで350%,湿地ゴケが569%であり,乾燥地ゴケがより少ない含水量で最大光合成活性に達した.含水量と呼吸活性の関係は,両タイプともに飽和曲線を描き,呼吸活性が飽和点に達するときの含水量は,それぞれの光合成における最適含水量とほとんど一致した.飽和含水量を1としたときの相対水分含量と光合成活性,呼吸活性の関係は,乾燥地ゴケと湿地ゴケの間でほとんど違いがみられなかった.つまり,植物体レベルでの水分消失に対する光合成活性および呼吸活性の低下のパターンはほとんど変化せず,両サイトに生育するコケの最適水分含量を決めるものは飽和含水量時の水分含量であるといえる.最後に,水ポテンシャルと光合成活性および呼吸活性の関係をみた.すると,生育地の違いに関わらず,水ポテンシャルと光合成活性の関係,水ポテンシャルと呼吸活性の関係は2つのフェーズから成り立つことがわかった.そして,そのフェーズの変換点は細胞が膨圧を失うときの水ポテンシャルと一致し,光合成活性,呼吸活性がみられなくなる点は自由水を失うときの水ポテンシャルと一致することが明らかになった.つまり,湿地ゴケに比べて膨圧を失うときの水ポテンシャル,自山水を失うときの水ポテンシャルが低い乾燥地ゴケは,体内の水ポテンシャルの低下に応じた光合成活性および呼吸活性の低下の度合いが緩やかで,体内の水ポテンシャルがより低い状態になっても光合成活性,呼吸活性を維持することがわかった.
 温度条件と光合成活性の関係は乾燥地ゴケ,湿地ゴケでほとんど差がみられず,正の光合成活性がみられる範囲がそれぞれ-6℃~32℃,-5℃~32℃,最適温度が13.4℃,14.1℃だった.しかし,光強度と光合成活性の関係には大きな違いみられた.つまり,乾燥地ゴケは光補償点,光飽和点が低く,最大光合成量も低い弱光利用型であり,湿地ゴケは光補償点,光飽和点が高く,最大光合成量も高い強光利用型の光合成特性をもっていた.この違いをもたらす理由として,1)乾燥地ゴケが光合成を行うときはほとんどが雨や霧の日であり,その日の弱い光強度に適応した,2)乾燥地ゴケは,光合成乾燥への生理的応答として最大膨圧時の浸透ポテンシャルを下げるなどしており,物質投資の問題から光合成への投資が減ったことが考えられる.
 本研究の結果,カギハイゴケは乾燥ストレスに対して,形態的,生理的応答をみせることが明らかになった.形態的応答としては,シュートの分枝頻度を増すことによってコロニー密度を高めていた.そして,このことは水分保持能力,貯熱効果を高めることに繋がることが明らかになった.生理的応答としては,膨圧を失う水ポテンシャルが低くなり,自山水が失われろ水ポテンシャルも低くなった.これは,水分生理特性のパラメータとして重要な体内の浸透ポテンシャルをより低下させることが一つの要因として考えられる.そしてこのことは,乾燥地のカギハイゴケが 1)少ない含水量で最大膨圧に達するようになる,2)より厳しい乾燥条件に置かれても膨圧を維持するようになることに繋がるようだ.また,乾燥ストレスへの応答性が高いと,光合成活性が低下することが示唆された.乾燥ストレスに対する生理的応答と光合成装置への投資の間にトレードオフの関係があるかもしれない.それについては今後の課題である., 総研大甲第595号}, title = {北極ツンドラにおけるコケ植物の乾燥ストレス応答に関する生理生態学的研究}, year = {} }