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第一章では、恋歌に関する記述を抽出し、その歴史的変遷を調べ、その特徴を明らかにした。江戸時代以前は、恋歌を非難するような言説は見られない。江戸時代以降恋歌を非難する人が登場するが、儒学者、特に朱子学者によって恋歌非難が始まる。初期の恋歌非難は専ら女訓書においてなされており、古歌の恋歌には非難が及んでいなかった。ところが、徐々に男女、古今関係なく恋歌全体が非難の対象となる。それに対し、国学者達は恋歌を反朱子学的文学観に基づいて擁護する。明治二十年以前は、恋歌に関する言論は少ないが、二十年代になると恋歌に関する論議が活発になされる。だがそのほとんどが恋歌を非難したものであった。明治三十年代以後は恋愛を神聖視する浪漫主義的な思潮が表れ恋歌非難の声は基調としてあるものの、大正期にかけて徐々に終息していった。昭和の恋歌論に特徴的なのは、新しい時代の恋歌を求める恋歌待望論が昭和十~十五年、同二十三年~二十九年、同四十五年~六十二年の三期に集中的に現れることであった。  第二章では、歌集の恋歌比率の変遷と、恋部の質的変化について論じた。解析の結果、恋歌比率は時代順が下るにつれて下降する傾向にあった。江戸時代以前では、『後拾遺和歌集』が恋歌減少の大きな転換期であった。江戸時代以降の歌集は総じて恋歌比率が低く、極端な場合には恋歌を掲載しない歌集もあった。明治時代にはほとんど恋歌比率は10%未満となる。ところが、そんな状況の中、江戸派末流の人々(本論稿では「東都派」とした)だけは、15%以上の高い恋歌比率を有する歌集を編んでいた。だが、このように恋歌を多く発表する人当時としては稀であった。恋部の質的変化を通史的に見た結果、二つの大きな変化が起こっていた。一つは、巻軸歌が恋を総括する歌から「うらむ」歌へと変化していたこと。もう一つは、恋の経過順の一部構成であったものが、恋の経過順と寄物恋題歌の二部を採るようになること、であった。第一章と第二章から、和歌の中心的主題が「四季と恋」というのは、通史的に見れば必ずしも正しくないということは明らかである。 第三章、四章は、具体的な古典作品を取り上げ論じた章である。第三章では、『百人一首』を、第四章では『万葉集』を取り上げた。この二作品は恋歌比率が非常に多く(『万葉集』の場合は相聞歌という)、それ故、恋歌非難が始まった江戸時代以後には、当然恋歌が問題視され、非難されていても不思議ではないからである。 第三章では『百人一首』について論じたが、江戸時代に『百人一首』が非難されることはなく、それが行なわれるようになったのは明治時代になってからのことであることがわかった。その理由は、『百人一首』が女子や子供によって主に歌留多として享受されていたからである。ところが、明治時代になると女子や子供の教育が重要課題となったため、恋歌が多い『百人一首』は風紀を乱すとして、教育者達が非難したのである。それに加えて、歌留多会の興隆もあり、「恋歌を排除した『百人一首』」というものも作られた。本章ではその構成と特徴についても述べた。 第四章では、『万葉集』について論じたが「相聞歌」は恋歌と同義に解されていたにもかかわらず、非難らしい非難はなされなかった。その理由は、教育の現場で周到に相聞歌が除かれていたことの他に、『万葉集』が本格的に享受されたのが、恋歌非難が本格的に行なわれた明治三十年代以後のことであったためであろうと思われる。 第五章では、茶書を中心に恋歌に関する言説を抽出した。分析の結果、茶道で恋歌が問題視されるのは歌掛物についてのみ限定されたものであった。また恋歌を問題視しているのは、千家流茶道、あるいはその影響を強く受けた流派のみであり、それは現在に至るまで受継がれていた。大名系茶道や薮内流茶道には恋歌を問題にした記述は見出せなかった。 第六章では、茶会記を用いて恋歌が掛けられた茶会を抽出し、それが掛けられた理由について論じた。その結果、茶書では恋歌を禁止していた千家流茶道でも恋歌の使用例が見られ、時と場合によっては恋歌も掛けることがある、ということが明らかになった。だが、千家流茶道において恋歌を掛ける場合、それは利休追善茶会に限られていた。一方、大名系茶道や「近代数寄者」達の茶道では、名物といわれる名品を見せるため、あるいは親愛の情を表現するためなどに使用されていたが、これらは単なる名品のひけらかしではなく(そのような場合もあったかもしれないが)、客に対する「もてなし」として掛けたと考える方が適切かと思われる。千家流茶道が恋歌を禁止した理由は、二つあると考えられる。一つは技術的な問題で、恋の掛物は下手をすれば茶会の品格が落ちるといった危険性があるためである。もう一つは、実際的な問題で、これは茶会へ女性が参加するようになったためである。 第七章では、茶道具の銘に関する考察を行った。歌銘を付けられた茶道具には、恋歌から名付けられたものが少なくないこと、歌銘はそのほとんどが小堀遠州によって付けられた事などを明らかにした。ここでは、恋歌からつけられた銘に限らず、その銘が「歌ことば」や「歌枕」として作用し、客に対し如何なるイメージを喚起させるかが、重要な役割であり、本歌が何であるかはあくまでも副次的なものではないかとの指摘を行った。第五章から七章における考察により、茶道と恋は無関係ではなく、また必ずしもその精神に反するものではないことが理解できよう。 終章では、全体的なまとめを行い、今後の課題として、(1)恋歌非難の源流の探索、(2)宗教的立場から見た恋歌観の違い、(3)「恋」という概念の変遷、(4)他ジャンルとの関係、(5)「恋歌を排除した『百人一首』」歌留多の調査、の五点を今後の課題として設定した。","subitem_description_type":"Other"}]},"item_1_description_7":{"attribute_name":"学位記番号","attribute_value_mlt":[{"subitem_description":"総研大甲第792号","subitem_description_type":"Other"}]},"item_1_select_14":{"attribute_name":"所蔵","attribute_value_mlt":[{"subitem_select_item":"有"}]},"item_1_select_8":{"attribute_name":"研究科","attribute_value_mlt":[{"subitem_select_item":"文化科学研究科"}]},"item_1_select_9":{"attribute_name":"専攻","attribute_value_mlt":[{"subitem_select_item":"03 国際日本研究専攻"}]},"item_1_text_10":{"attribute_name":"学位授与年度","attribute_value_mlt":[{"subitem_text_value":"2004"}]},"item_creator":{"attribute_name":"著者","attribute_type":"creator","attribute_value_mlt":[{"creatorNames":[{"creatorName":"IWAI, 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