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内容記述 |
本論文では, 成果物の作成を通じて学習する場面において, 学級等の学びの場を共有する<br />学習コミュニティのメンバー同士が, お互いの成果物を相互に評価することによって, 学習<br />者に自身の成果物の改善点を気付かせるために学習者間相互評価を効果的に行う方法を提案<br />した. 特に, 学習者がフィードバックを納得して受け入れるために, 学習者に評価の方法や<br />結果に対する公平性を担保した評価手法について述べた. 近年, 学習者が同じ学習コミュニ<br />ティに属する他の学習者の成果物を評価する相互評価が盛んになっている. その背景には近<br />年の学力観の変化がある. 学力観の変化に伴い, 協調学習など学習者が学習に主体的に取り<br />組むことが重視されるようになり, 学習評価も教師がペーパーテスト等により学習者を一方<br />的行う評価から, 学習者が他の学習者の成果物を評価し合い, 評価される側の学習者だけで<br />なく, 評価する側の学習者も自身の学習成果を振り返ることにより学習を深める効果を狙っ<br />た学習者間相互評価を採り入れる傾向にある.<br />第1章では, 最初に, 近年盛んになってきている学習者間相互評価の背景と研究動向を概<br />観した. 次に, 相互評価の問題点として, 評価の公平性についてあげた. 評価される側の学<br />習者が評価結果から学習を深めるためには, 学習者が評価結果に納得してそれを受け入れる<br />ことが前提となる. 学習者が評価結果を納得して受け入れる要因の1つに, 評価の公平性が<br />あげられる. しかしこれまで, 相互評価における公平性を問題にした研究はほとんどなかっ<br />た. 公平性と関係して, すべての学習者が他のすべての学習者を評価できない場合に, 起こ<br />りうる2つの問題を提起した. 1つめの問題は, 評価を行う学習者が, 評価対象となる学習者<br />から評価を受けるかどうかで, 行う評価が変わってくる可能性があることである. 2つめの問<br />題は, 様々な評価特性を持つ学習者からの評価結果をそのままフィードバックすることは,<br />たまたま甘い評価者にあたったのか, 厳しい評価者にあたったかによって, 学習者間に不公<br />平が生じることである. 相互評価による学習効果をあげるためには, これらの問題点を解決<br />し, 学習者が他者評価をする能力を身に付けることが重要である. <br />第2章では, 評価者を選択する必要がある場合に, 公平な評価者の選択方法を考えるた<br />めに, 評価を行う学習者が, 評価対象となっている学習者からも評価されるか否かによっ<br />て, 評価にどのような変化が見られるかついて述べた. 実験の結果, 評価する相手も評価<br />者を評価する場合は, そうでない場合に比べて, 評価点が甘くなる場合があること(お互<br />い様効果)がわかった. お互いに評価しあわない場合の方が, 教員の評価と相関が高く, <br />また, 短所をより適切に指摘し, 長所の指摘はお互いに評価する場合と比べて同等で, 適<br />切に評価行うことがわかった. <br />第3章では, 評価者を選択する必要がある場合に, 個々の評価者が持つ評価特性を考慮<br />したフィードバックを行う手法について述べた. 提案した手法では, 項目応答理論のメタ<br />ファを用い, 評価特性を評点の厳しさと評点に差をつける度合いを表す2つのパラメータ<br />で表現し, 推定した評価特性を用いて評価値を補正するアルゴリズムを提案した. 次に, <br />提案した手法を, 実データに適用し, 補正が適切であることを確認した. 提案手法は, 評<br />価者の評価特性にばらつきがある場合に有効である. 評価者の評価特性から, 適切に評価<br />していない学習者を教師に通知して, 指導を行うこと等ができ, より適切なフィードバッ<br />クを行うことができる. これらの特徴は, 学習の過程で成果物の改善を目的として, 相互<br />評価を行う場合には重要である.<br />第4章では, 公平なフィードバックを行うために, お互い様効果を除去する機能と, 個々<br />の評価者の評価特性に基づいた評価値の補正機能を持った相互評価支援システムの開発と<br />評価について述べた. 実際に, 学習活動に相互評価を導入するためには, 学習者, 教員と<br />もに負担を最小限にすることが求められる. 本システムは, 学習者向けの機能としては, <br />電子ファイルでの課題提出機能, 相互評価機能, 結果表示機能から構成される. 相互評価<br />の際には, お互い様効果を考慮して, 自動的に評価者を決定することができる. 結果の表<br />示では, 個々の学習者の評価特性とそれに基づいた評価の補正値を表示することができる.<br />システムのユーザビリティ, システムを使った相互評価の印象について, 学習者による評<br />価を行った, また, 相互評価を導入した授業の経験がある教員による同様の評価を行った.<br />学習者による評価から, 相互評価について積極的に受け入れることが分かり, 教員による<br />評価から, 相互評価では学習者にとって納得できる評価結果をフィーバックすることが重<br />要であることが分かった. 学習者による評価, 教員による評価ともに, 本システムで容易<br />に相互評価を実施することができ, その有効性が示唆された. また, システムを利用した<br />実践では, 他の学習者を適切に評価する能力が劣る学習者も少数ながら存在することが分<br />かった. 今回は, 授業の最終回で相互評価を行ったため, 評価の観点が理解できない学習<br />者は少なかったが, 形成的評価として行う場合は, 適切な評価ができない学習者がさらに<br />増えることも考えられる. 形成的評価では, 学習者に学習過程で評価の観点を理解させる<br />ことが必要である. 例えば, 評価特性パラメータや最小二乗誤差等から, 理解度が低い<br />学習者を, 評価特性パラメータ等から検出することによって, 早期に教師が介入し, 適切<br />な指導をすることができる.<br />第5章ではシステムを継続的に利用した相互評価を導入した実践について述べた. 実践で<br />は, 1つの課題に対して相互評価を5回行い, 課題の改善と学習者の評価の能力の変化につ<br />いて分析した. 相互評価を繰り返した結果, 他者の成果物の長所や短所を具体的に指摘でき<br />るようになり, 個人差の補正表示を行うことでより適切な評価をすることができることが示<br />唆された. 実践が終了した後に行ったアンケートでは, 多くの学習者が相互評価の教育的効<br />果を認識し, また, 評価者の個人差を補正することが望ましいことが示唆された. <br />今後, 新しいが学力観に基づいた実践やe-ラーニングでの協調学習の場面で, 学習者間相<br />互評価はますます重要になると予想される. その際に, 学習者が納得して受け入れられる相<br />互評価を容易に行うことは, その協調学習の成否の大きな要因になると考えられる. 本研究<br />で得られた知見を生かすことにより, 協調学習による学習効果を向上させることができる.<br /> |